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<天才スイマーが目指す未来> 萩野公介 「青年は水の中で考える」 

text by

吉井妙子

吉井妙子Taeko Yoshii

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2015/02/02 11:50

<天才スイマーが目指す未来> 萩野公介 「青年は水の中で考える」<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

天才スイマーに影響を与えた両親の“考え”とは。

「今、思うと僕は両親の影響を凄く受けていますね。口が達者なのは母親譲り、物事の真理を追求したがる癖は父親似」

 耐震設計を得意とする一級建築士の父・洋一と、絵本の読み聞かせなどボランティア活動に精を出す母・貴子の一人息子として栃木県小山市で育った萩野は、子供の頃から枠に嵌められるのが大嫌いだった。洋一がかつて苦笑いしながら言ったことがあった。

「言葉を喋るのは遅かったけど、自分の意志にそぐわないと、梃子でも動かない頑固者でした。だから幼稚園も自宅からちょっと遠かったけど、自由教育を校風とする園に通わせたんです」

 小学校に上がり学童新記録を作って以来、両親は息子を全面的にサポート。母は毎日2時間半かけて自宅からプールまでの送り迎えと食事の栄養管理、父は水着の洗濯を一手に引き受けた。

 だが萩野がどれだけ活躍しようが、両親は「人生は水泳だけじゃない」と言い続けた。萩野は、その両親の言葉に疑問を感じたことは一度もないと言う。

「大学に入学し、親元を離れて初めて分かったことですが、僕の両親は間違いなく人として尊敬できる。茶の間で交わした一言一言が、今になって、僕の生き方のベースになっていると気づかされる。家を出て2年目くらいになって、よくわかるんです。それが二十歳ということでしょうか」

“日本人初マルチスイマー”という冠への違和感。

 萩野は、日本水泳界のこれまでの常識をことごとく打破してきた。身体的条件から「日本人は単種目でしか勝てない」とされてきた中、個人メドレーで五輪のメダルを獲得。しかも国際大会では7、8種目にエントリーし表彰台に上がってきた。

 その一方で萩野自身は、“日本人初”あるいは“けもの道を拓く”という冠をつけられることに、どこか違和感を覚えていたという。

「日本人初」、「新記録」。萩野は自らを取り巻く言葉に疑問を感じていた。
ファンから応援されることに喜びを感じる純粋な気持ちを持つと同時に、
“泳ぐ自分とはどういう存在なのか”という哲学的な思考回路も持っている。
二十歳の今、水中での1分1秒をどのように過ごそうと考えているのか――。
つづきは、雑誌「Number」870号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
二十歳のころ。

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