バカな自分を演じてでも、若手に伝えたかったこと。

　FAもトレードも、相手球団から必要な戦力とみなされたからこそ獲得のオファーが届く。しかしその一方で、自分が移籍したことで試合に出られなくなる選手が確実に出てしまう。新参者を拒む。そんな「村社会」が組織にあるとしても不思議ではない。ましてや、プロ野球の世界は実力絶対主義。結果を出さなければ淘汰されるわけで、だからこそ選手は「自分の腕一本で勝負する」と息巻くし、「他を蹴落してでも這い上がる」とハングリー精神むきだしで生きていくのだ。

　だが、江尻はその道を選択しなかった。

　日本ハム時代は優勝のビールかけでナースのコスプレをして周囲を笑わせた。横浜、ソフトバンクでも、シーズンオフの納会などでは人一倍はしゃいだ。

　元来、仲間と盛り上がることが好きな性分ではある。ただ、江尻はきっと「あえてバカな自分を演じていた」のではなかったか。

「『社会人になったら下は脱ぐなよ』とか言われますからね（笑）。でも若い人らと騒いで……『あいつバカだな』と思われるようなコミュニケーションがあっていいと思うんですよ。プロ野球の世界って、みんなと仲良くすることを嫌がる人は多いけど、いい雰囲気をつくっていくことの大事さを若い選手たちに伝えたかったんですよね。僕はいつもそう思っていたし、自分がどんな環境に置かれたとしても周りに気を使わせたくないんです」

江尻は「人生のフリーエージェント」を果たしたのだ。

　一般企業に就職すれば、プロ野球時代よりも組織内の調和が求められてくる。それでも江尻は、臆することなく現在置かれている自分の立場を野球用語で表現してくれた。

「僕はFA宣言したんですよ」

　自らの意思で野球界を離れ、再出発の場を一般社会に求めた。月並みな言い回しかもしれないが、江尻は「人生のフリーエージェント」を果たしたのだ。

　未知の世界ではある。彼自身、面接で企業の魅力やそこで自分が何をしたいのかを明確に答えられる自信はない、と言う。

　それでも、江尻の「ワクワク感」は高まるばかりなのだ。

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