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松井秀喜から注入された宿命と覚悟。
村田修一、真の「巨人の4番」へ。 

text by

田口元義

田口元義Genki Taguchi

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photograph byHideki Sugiyama

posted2014/02/18 11:20

松井秀喜から注入された宿命と覚悟。村田修一、真の「巨人の4番」へ。<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

阿部慎之助との4番争いに改めて意欲を燃やす村田修一。昨年は打率3割1分6厘、25本塁打、87打点とリーグ連覇に大きく貢献したが、日本シリーズでは楽天に競り負けた。今季への思いは強い。

小久保が原監督から感じた「絶対に逃げない姿勢」。

「子供の頃はジャイアンツファンでしたから、4番と言えば原(辰徳)監督のイメージが強かったですね。実際、ジャイアンツに入って原監督を見ていると、物事を正面から受け入れて絶対に逃げない姿勢というか、そういう強い信念に溢れている方だな、と感じました。ジャイアンツは特に競争が激しいチームですから、4番だから、というわけではなくてね、与えられた役割をしっかりとこなすためには、数字以上に練習はもちろん、体のケアとかその日できることをしっかり続けることが大事かと。それができていれば、結果も自然とついてくるものだと思っています」

 村田の話に戻れば、彼が今、巨人の真の4番への入口までたどり着くことができたのは、小久保がチームで体感した「逃げない姿勢」を貫いているからではないだろうか。

 横浜から移籍した'12年。5月1日の広島戦で第76代4番となり、シーズンでは64試合で大役を任された。しかし、トータルの成績では過去最低の12本塁打に終わり、打点は58、打率2割5分2厘と、数字からも判断できるように、中軸として機能したかといわれればそうではなかった。

 だが、'13年は前年までとは全く異なる村田がいた。

ぶち当たった壁を乗り越えた'13年を経て芽生えた渇望。

「俺は今、壁にぶち当たっている。少しでもその壁を崩していきたい」と、開幕直後から打撃フォームの修正に着手。バットのグリップの位置を低くし、バットを少し立てる。左足を若干、上げることでタイミングを計るスタイルに変えたことで、それまで以上にスイングの始動がスムーズになった。

 地道な作業は次第に実を結ぶ。7月から2カ月連続で月間MVP。8月にはセ・リーグ記録となる月間46安打を放ち、シーズン終盤には4番に定着した。主砲である4番としては前年よりも少ない37試合の出場にとどまったが、それでもトータルの成績ではチームトップの3割1分6厘、同2位の25本塁打、87打点。4番という重圧と真摯に向き合い研鑽を重ねたことで、村田は汚名を返上することができた。

 その過程を経て、新たに芽生えた感情こそ、4番への渇望だった。

【次ページ】 阿部との競争に勝って、真の巨人の4番打者になる!

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