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相撲という美しい文化を
手だれの筆で味わう。
~舟橋聖一・著『相撲記』~ 

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馬立勝

馬立勝Masaru Madate

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posted2013/12/08 08:00

相撲という美しい文化を手だれの筆で味わう。~舟橋聖一・著『相撲記』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『相撲記』舟橋聖一著 講談社文芸文庫 1400円+税

 相撲の百科事典のようだ。作者・舟橋聖一は、風俗小説の大家で、長い間横綱審議委員会の委員、委員長を務めていた。東京都墨田区横網町の生家の筋向いが相撲部屋、家には取的たちが出入りし、幼い作者は彼らの肩車に乗せられて遊びに連れて行ってもらったというから、相撲は芝居と並んで作者の生活の一部だった。

「私は、研究とか歴史とかいう風にしゃちこばらずに、出来るだけ自然に、平明に、相撲について語って見たい」と言うのだが、「語って見るということが、作家にとって、いつものるかそるかの一番だ」と、愛する相撲を書く上での覚悟にさらりと触れる。

 その蘊蓄(うんちく)が見事。相撲ことはじめをのぞいてみよう。『古事記』が引用され、力競べで「我れまづその御手を取らむ」の「手を取る」の言葉に注目し、極め手、四十八手、手合と相撲言葉に「手」が残ると指摘する。関取、取的、相撲取、取組、取直しは「取る」の名残り。これらは古来の伝統が今に生きている証拠と語る。慧眼に納得するばかり。

相撲を愛する作家の情熱がみなぎった“百科事典”。

 チャンコ鍋、まわし、土俵、仕切、髷の形、行司の変遷から芝居や錦絵まで、相撲に関わるすべてに眼を配って昔からの文献を押さえ、自分の見聞と知識を溶かし込んで語り尽くす。百科事典と言ったが、記述は事典の味気なさとは無縁だ。作者が観た双葉山、照国らの名力士の勝負を例に引いての取り口、技の具体的な解説は、手だれ作家の情熱がみなぎって、読んでいて楽しい。駆け出しのスポーツ記者の頃に、古本で読んだのだが、「索引が付いていれば便利なのに」と何度思ったことか。

 時に作者は時世流れて変わる相撲を嘆く風情を漂わせるが、年を経て久しぶりに再読した感想は、スポーツ化した今の相撲が何と味気なく変わったか、という思いだ。

 文庫版の懇切な解説は、「のるかそるかの一番」の執筆姿勢を、執筆時の戦争の時代に抗した「精神の力」と評価する。かつて相撲と言う美しい伝統文化があったことを実感させてくれる名著。本書は間違いなくスポーツ本の古典だ。

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