メディアウオッチングBACK NUMBER
エリック・カントナが演じる
「カントナ」の魅力。
~映画『エリックを探して』公開中~
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph by(C)Canto Bros. Productions, Sixteen Films Ltd, Why Not Productions SA, Wild Bunch SA, Channel Four Television Corporation, France 2 Cinéma, BIM Distribuzione, Les Films du Fleuve, RTBF(Télévision belge), Tornasol Films MMIX
posted2011/01/06 06:00
『エリックを探して』 監督:ケン・ローチ 12月25日(土)より、全国ロードショー
ゆったりと走る場面がある。
エリック・カントナ、その瞬間の見事なこと。あのころよりは胴回りも太く、鬚に隠れたアゴのラインも丸いのに、スッと動く様子が……。
ここで形容詞が思い浮かばない。
美しいのでなく、凛々しいのでもなく、つまりカントナ!
ジョギングの姿勢の優雅さは現役時代のままだ。動いているのに止まって見える。天才の証明である。真紅のシャツ、ピンと立つ襟、素敵なゴールとパスはただちに蘇った。
芸術的で、闘争的で、本能的で、理性的なカントナは、フットボール選手の枠に収まらぬ永遠の英雄なり。そこまでは分かっていた。
そしてカントナは役者の枠にも収まろうとはせず、なお有名人の余芸のレベルとも明確に一線を画して、映画ファンの記憶にまで席を得てしまった。
かつての自分の神を相棒に得た男の再起のストーリー。
『エリックを探して』。ケン・ローチの異色作は、カントナを演ずるカントナの存在によって、引き締まった準々決勝の直後のごとき余韻に包まれる。
かつての自分の神を相棒に得た男、その切なく愉快な再起のストーリーだ。あるいは「職場の仲間との酒場のビール(=友情)こそが人生の真理」と確かめるフィルムでもある。
マンチェスターの郵便配達員、エリック・ビショップ(スティーヴ・エヴェッツが好演)は意気消沈の人生を歩んでいた。最初の妻は去った。現在は、これも7年前に別れた次の妻の連れ子、肌の色の異なるティーンエイジャー兄弟と暮らしている。笑いを忘れた毎日だ。
ある夜、マンチェスター・ユナイテッドの熱烈なる支持者であるエリックは、自室で偉大なるエリックの特大ポスターに語りかける。
「俺の憂鬱の理由がわかるか? 一生後悔するような失敗をしたことは?」
振り向くとカントナがいた。
これがベッカムならおとぎ話も成立しない。チュッパチャプスで片側の頬をふくらませながら「僕も昔はこんな家に住んでたんだよ。じゃあね」と消えただろう。もしファーガソン監督でもストーリーは滞ってしまう。「もっとやる気を見せるんだ。エリック」と熱風を噴きつける調子で叱られておしまい。
エリックの魂を救うのは、どうしてもエリックでなくてはならなかった。