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“鬼軍曹”山本小鉄、
新日本に捧げた生涯。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph byEssei Hara

posted2010/09/26 08:00

“鬼軍曹”山本小鉄、新日本に捧げた生涯。<Number Web> photograph by Essei Hara

引退後は審判部長も務めた山本(中央)。前田日明の希望で日本再デビュー戦も裁いた

 訃報が相次ぎ心が痛む。新日本プロレスの顧問・山本小鉄(本名・山本勝)さんが8月28日午前6時42分、静養先の長野県軽井沢町の病院で低酸素性脳症のため亡くなった。68歳だった。

 小鉄ちゃんと筆者は、彼がデビューした1963年からの付き合い。大のビール党だ。忌憚なくプロレス談義が出来た最強の友だった。残念でならない。

「随分デカイな。現役の頃より大きいじゃないか。俺の二代目になる(筆者は脳梗塞の後遺症で右半身不随)ぞ! 少し落としなよ」

「ウフフッ……。110kgぐらいかな。今でもスクワット、ガンガンやっているから大丈夫だよ」

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