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<独占ロングインタビュー> 木村沙織 「1億円プレーヤーの決意」~世界最高峰リーグへの挑戦~ 

text by

吉井妙子

吉井妙子Taeko Yoshii

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photograph byShin Suzuki

posted2012/09/19 06:00

<独占ロングインタビュー> 木村沙織 「1億円プレーヤーの決意」~世界最高峰リーグへの挑戦~<Number Web> photograph by Shin Suzuki

「何を言っているの?」と思った、眞鍋監督の言葉。

 そんな木村の本性を、眞鍋が見逃すはずがなかった。あるとき、木村にこう告げた。

Saori Kimura
1986年8月19日、東京都生まれ。成徳学園高(現・下北沢成徳)で全国優勝を経験。高校2年生で全日本に選出され、アテネ、北京の五輪に出場する。ロンドン五輪ではエースとして、28年ぶりの銅メダル獲得に貢献。'05年、東レに入団しエースとして活躍。10月からトルコリーグ1部の強豪ワクフバンクに移籍する。185cm、65kg。

「お前が崩れたら、全日本は負ける」

 木村は当初、眞鍋の言っている意味が理解できなかった。照れ笑いしながら言う。

「私は今までエースと呼ばれる人の周りでちょこまか動いてればいい立場だったので、『お前がダメだったら、チームは負ける』といわれても、バレーはチームスポーツなんだから、1人の選手の出来不出来が結果を左右するなんて思いませんでした。この監督は何を言っているの? って」

 しかし、眞鍋は諦めなかった。得意のデータを用い、木村の試合のスタッツを分析しながら「だから負けた」「だから勝ったのだ」と繰り返し説明した。

「年功序列なんて気にするな。遠慮しないで、思っていることを発言しろ」とも口酸っぱく言い、木村がエースとしての自覚を持つことを、徹底して促したのだ。

「眞鍋さんと何度も話しているうちに、自分の立場が徐々に染み込んで来たんです。そう言ってくれる眞鍋さんやチームの期待に応えなきゃって、腹がドンと座りました」

メンタル面の改革が結実した、'10年世界選での銅メダル獲得。

 その結果が、'10年に行なわれた世界選手権の銅メダルである。ライバル国は、エースを潰そうとサーブで徹底して木村を狙った。以前の木村は、ミスをするとチームに対する申し訳なさと自分への不甲斐なさで、崩れてしまうことがあった。しかしこの世界選手権では、しつこいほど狙われても、たとえミスをしても、平然としていた。

「今考えれば、同じ3位でも五輪の銅メダルとは喜びの濃さが違いますけど、でも、私たちも世界の強豪と互角に戦えるという自信にはなった。それまでは、メダルとか言っても、自分達にさえ、現実味がなかったですから」

 木村のバレー人生は順風満帆だった。だが、世界選手権銅メダルを追い風に、ロンドン五輪に向けて、チームの実力アップを図ろうとしていた'11年夏、人生初の大きなスランプに陥った。自分のバレーがまるで分からなくなってしまったのだ。

チーム全体の進化を図る中、“自分のタイミング”に狂いが生じてしまう。
スランプを抜け出すきっかけは、経験豊富な竹下がかけた優しい言葉だった。
調子を取り戻し、ロンドンでは攻守両面で大車輪の活躍を見せた木村。
強豪ひしめく新天地で、日本バレー界を背負って戦う意気込みを語る――。
つづきは、雑誌「Number」812号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
<日本サッカー総力特集>ロンドン五輪代表と考える男と女の未来図。
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