メディアウオッチングBACK NUMBER
ボクシング世界王者と
ジム会長が綴る人間交差点。
~内山高志と渡辺均の自伝を読む~
text by
赤坂英一Eiichi Akasaka
photograph bySports Graphic Number
posted2012/02/07 06:00
『心は折れない』 内山高志著 廣済堂出版 1300円+税 / 『ダメ男が世界チャンピオンをつくった』 渡辺均著 廣済堂出版 952円+税
昨年12月22日、WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志、ワタナベジム・渡辺均会長の自伝が2冊同時に出版された。大晦日の王座統一戦、最も手強い相手だったホルヘ・ソリス戦の僅か9日前である。亀田興毅、長谷川穂積の自伝や関連書籍が防衛戦の合間に発売され、会場で販売された例はあるが、世界戦の直前とは実に珍しい。
勝つ自信があったからこそだろうが、本を出すことでボクシングの人気回復を図り、正しい知識の普及につなげようとの意図がうかがえる。内山は「単に腕っぷしだけでやるものではなく、判断力や決断力も要求される頭のスポーツ」で、「どんな試合でも最初のラウンドで相手の実力をはかり、その後の戦略のデータとして戦い方を組み立てます」と強調。初めて王座を奪ったサルガド戦は、9回に「サルガドの呼吸にわずかながら乱れが生じ始めている」と察知して、12回に「倒そう!」と決めたと書く。これだけで認識を新たにする読者も多いだろう。
渡辺会長が自伝で語る内山の優れた技術。
タイトルの『心は折れない』は昨年、三浦隆司との3度目の防衛戦で右の拳を脱臼しながら左腕一本で戦い抜き、見事に8回TKO勝ち、「拳は折れても心は折れなかった」と称賛されたことに由来する。この試合でも、「右を使えない分、一層ガードに細心の注意を払いながら、試合を立て直すことに集中しました」と書いている。実にクールでクレバーだ。埼玉の花咲徳栄高を経て、拓大のボクシング部時代に全日本選手権で優勝、さらに2004年のアテネ五輪出場を夢見てまさかの挫折に至る半生も読ませる。
そんな内山の最大の売り物は言うまでもなく“ノックアウト・ダイナマイト”の異名を取るパンチ力の強さだ。ところが、俗にいう「腰で打つ一発」とはまったく異なる、と指摘しているのが渡辺均会長の自伝『ダメ男が世界チャンピオンをつくった』である。腰を回して打つことが「威力のあるパンチの打ち方だと信じられている」が、「内山は上半身だけ、腕の伸縮だけで無理に腰を回さず強打できる」というのだ。内山の優れた筋力と身体のバランスがあって初めて可能な技術で、アメリカではこういうタイプが多いことも指摘。ボクシングの世界水準が格段に進歩していることがわかる。