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<ゴルフ界の超新星> ローリー・マキロイ 「ネクスト・タイガーの肖像」 

text by

舩越園子

舩越園子Sonoko Funakoshi

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photograph byAFLO

posted2011/12/06 06:00

<ゴルフ界の超新星> ローリー・マキロイ 「ネクスト・タイガーの肖像」<Number Web> photograph by AFLO

全米オープンで見せたドラマ仕立ての復活劇。

 22歳1カ月15日での優勝は1923年のボビー・ジョーンズ(21歳3カ月28日)に次ぐ年少記録。若きチャンピオンの誕生は、それだけでも人々の興味を引くものだが、マキロイの場合は、4月のマスターズで優勝に王手をかけながら最終日に大崩れという悲劇のプロローグをまず見せて、2カ月後の全米オープンで雪辱というドラマ仕立てのサクセスストーリーを見事に演じ切る形になった。

 そんなマルチな役者を世間が放っておくはずはない。おまけにマキロイは、それはそれは興味深い幼少時代のエピソードを豊富に取り揃えている。「近い将来、僕のスター誕生物語を世間に披露しよう」。まるで生まれたときからそう心に決め、“自分物語”をせっせと紡ぎながら生きてきたようにさえ見える。

「2歳で40ヤード」を飛ばした天才児の評判は町から町へ。

 マキロイが北アイルランドのホーリーウッドという田舎町で生まれたのは1989年5月4日。地元の小さなゴルフ場でバーを経営していた父親ゲリーがスクラッチプレーヤーだった影響で、一人っ子のマキロイは物心がつく以前からオモチャ代わりにゴルフクラブを握った。「2歳で飛距離は40ヤード」。天才児の評判は町から町へと広まった。

 英国が生んだメジャーチャンプ、ニック・ファルドに幼いころから憧れ、「僕の名前はローリー・ニック・ファルド・マキロイです」と名乗るほど崇拝していた。だが、ある日、全米アマのTV中継に見入っていたマキロイが突然、叫んだ。「ママ! こっちに来て!」。母親ロージーが驚いて近づくと、マキロイはTV画面を指差しながら、こう言った。「ママ! この子、すごいよ!」。7歳のマキロイ少年が「この子」と呼んだのは、そのとき全米アマ3連覇を成し遂げた20歳のタイガー。以来、憧れの人はタイガーに変わった。

両親は息子の才能に賭け、息子も自らの才能を信じ夢を追った。

 部屋のカーペットの上からウエッジでボールを打ち、蓋の開いた洗濯機の中へポンポンと手品のように収めて遊ぶ息子の姿に、両親は才能を感じ取った。父親は9歳になった息子を連れて、米国フロリダ州で開かれたジュニア大会へ。「どのぐらいやれるものなのか、半信半疑でローリーを初めてアメリカの大会に出した。そうしたら、2位に4打だか5打だか差をつけて優勝してしまった。びっくりして妻に電話をかけ、『オレたちの息子は、すごい息子みたいだぞ』って言ったんだ」

 以後、父親は仕事を3つ掛け持ちし、母親は工場の夜間仕事に就き、マキロイのジュニア大会転戦費用を必死に稼いだ。両親は息子の才能を世界にはばたかせたいという夢に賭けた。息子も自らの才能を信じ、夢を追った。「スポーツは全部、観るのは大好き。サッカーだけは楽しむ程度に自分でもやる。でも、僕が生まれ持った才能は、やっぱりゴルフの才能だと思うんだよね」。母国メディアからのインタビューに、マキロイ少年は7歳のときから、そう答えていた。

その才能や奔放な言動、何もかもが話題を呼ぶそのスター性で、「かつてのタイガーそのもの」とさえ言われるローリー・マキロイ。では、2人の最大の類似性とは何なのか。また、2人の天才の間に横たわる大きな違いとは――。
つづきは、雑誌「Number」792号、もしくはNumberモバイルでお読みください。

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