MLB Column from USABACK NUMBER

ロジャー・クレメンス 証言席からの「ビーンボール」 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byREUTERS/AFLO

posted2008/02/22 00:00

ロジャー・クレメンス 証言席からの「ビーンボール」<Number Web> photograph by REUTERS/AFLO

 2月13日、下院政府改革委員会が「MLBにおけるステロイド使用問題」についての公聴会を開催、ロジャー・クレメンス等関係者3人が証人として出席した。

 そもそもこの公聴会が開催された理由は、昨年末に公表された「ミッチェル報告」で薬剤使用選手と名指しされたロジャー・クレメンスが、その内容を全面的に否定したことにあった。もともと、議会は、MLBに対し、「ドーピング問題を何とかしろ」と強い圧力をかけ続けてきたし、ミッチェル報告で示された勧告案についても完全実施を求めてきた。にもかかわらず、報告書で薬剤使用疑惑を名指しされた90人の中でも最大のスター、クレメンスが、「自分についての記載はデタラメ」と同報告の信憑性にケチをつけたとあって、看過することはできなかったのである。

 ミッチェル報告で「クレメンスに薬剤を注射した」と告白した元専属トレーナー、ブライアン・マクナミーをも証人喚問、二人に同時に「宣誓下の証言」を強いることで論議に終止符を打つことを図ったのだった(宣誓下の証言で嘘をつく行為は「偽証罪」となるので、嘘をつく場合は「刑務所入り」の覚悟が必要となる)。

 はたして、5時間近くに及んだ公聴会は全米にテレビ中継されるなど大きな注目を浴びたが、マクナミーが「注射した」と言い張る一方で、クレメンスも「薬など一切使っていない」と従来からの立場に固執、公聴会は2人の証言が真っ向から対立したまま終わる結果となった。証言内容の食い違いは「誤解」で済むような軽微なものではないし、誰かが嘘をついていることは明らかなので、いずれ、二人のうちのどちらかが「偽証罪」で訴追されることは間違いないだろう。

 では、どちらが訴追されるかだが、今のところ、「嘘をついているのはクレメンス」と見る向きが多数派となっている。さらに、今回の公聴会でも、以下に列挙するような新事実が明らかにされたように、クレメンスの偽証罪疑惑は強まる一方なのである。

1)マクナミーは、ミッチェル報告で、クレメンス以外にも、チャック・ノブラウク、アンディ・ペティートの二人に薬剤を注射したと証言していたが、二人とも下院の調査に対して薬剤使用を告白、マクナミー証言が真実であることを認めた。

2)公聴会に先立つ予備審問で、ペティートが「クレメンスがヒト成長ホルモン(HGH)を使っていると言ったのを直接聞いた」と証言した。

3)クレメンスの妻も、スポーツ・イラストレイテッド誌の水着モデルとなる際にHGHを使用していた(美容上の目的でステロイドやHGHを使うことは珍しくない)。

4)公聴会を開催した下院政府改革委員会委員長ヘンリー・ワクスマンによると、公聴会の別の証人に対して、クレメンス側が影響力を行使しようとした疑いが持たれている。

5)ステロイドの合併症として知られる注射部位(臀部)の感染をクレメンスも起こしたことがあった(クレメンスは注射したのはビタミンB12と言い張っているが、B12の注射で感染が起こることは極めて稀である)…etc.

 というわけで、クレメンスは、全米注視下の議会証言で偽証罪を犯した疑いが濃厚となっているのだが、5時間近くに及んだ公聴会の終わり、クレメンスが、ワクスマン委員長から手厳しく叱責されるシーンが演じられた。閉会の挨拶で「クレメンスから直接HGHを使っていると聞いた」とするペティート証言の意義について言及したワクスマンに対し、「違う、ペティートは誤解していただけだ」と、クレメンスが食ってかかったのだが、証人への質疑応答はとっくに終わっていたにもかかわらず、証言席から許可なく発言するという「ビーンボール」に対し、委員長席のワクスマンは木槌を激しく打ち鳴らして発言を制止するとともに、「君が私に議論をふっかける時間ではない」と厳しく叱責したのだった。

 叱責されて、クレメンスは、不服そうな顔をしていたが、これまで、どこのチームでも「大スター」として我がままの限りを尽くしてきただけに、誰かに叱られるという体験は本当に久しぶりだったのではないだろうか? 証言席から閉会挨拶中の委員長に食ってかかるという、米議会史上でも希有な「不規則発言」をしでかしたのも、「俺はクレメンスだ。世間のルールは通用しない」という、傲慢さが原因だったのではないだろうか? もし、クレメンスが、「俺の言うことは何でも通ってきた」というこれまでの体験に基づいて、「薬など使っていないと言い続ければ、今回も通るはずだ」と思いこんでいるとしたら、憐れと言うほかない。

ロジャー・クレメンス
アンディ・ペティット

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