イチロー メジャー戦記2001BACK NUMBER
疾風。
text by
奥田秀樹Hideki Okuda
photograph byYoshihiro Koike
posted2001/04/02 00:00
もし、ゴルフがドームスタジアムの中の単調なコースでプレーされたとしたら、あの繊細な面白さ、ゲームの機微は10分の1くらいに減り、味気ないものに変わるだろう。名手は多彩なコース設計に作り手の意図を嗅ぎ取り、その日の天候、気温、風の向きを頭にいれながら、プロのショットを見せる。
「やっぱり感激しました。こういう球場でやると徐々に気分が高まります。あんな歓声は初めてじゃないかな」。初回、センター越えの二塁打を打った時のボールパークの反応について語ると、普段はクールなイチローの眼が輝いた。
開幕を間近に控えた3月30日、31日、イチローはサンフランシスコのパックベルパーク、シアトルのセーフコ・フィールドとメジャー有数の美しいボールパークの土を踏んだ。晴れがましい表情で話す反面、ちょっとしたカルチャーショックも覚えたようだ。
ドームと人工芝だらけの日本から、アメリカのボールパークへ。モグラがいきなり地上に放り出されたようなものだ。
「今日のセーフコの風は普通じゃなかったですよ。旗の方向とは違う打球の伸び方をするんです。風が舞っている。伸びることはないと思っていたら伸びてきたり。よーくボールを見ないと駄目です」と冷や汗を拭った。
一方で、パックベルパークについては、「風、わからなかったです」と答える。同球場は、2年前までのジャイアンツの本拠地で気まぐれな風でつとに悪名高い3(スリー)コムパークとほぼ同じ立地条件だ。にもかかわらず気にならなかった理由は、イチローも知らない仕掛けがあったからだ。ジャイアンツの球場運営副社長ジョージ・コスタ氏の話だ。
「パックベルパークは球場をデザインした際に、カリフォルニア大学のスタッフに調査を依頼して、風が強く中に吹き込まないよう壁で外に流されていくよう工夫したんです。おかげでフィールド上は風速が最大でも18マイルから20マイル(風速8~9m)ほど。3コムでは最大50マイルから60マイル(同 22~27m)だったんですよ。ただ、3階席まで上がるような高いフライは防ぎようがない。こちらは流されてしまいますから注意してください」
パックベルのデザインの妙は、とりわけライトフェンスに現れている。25フィート(7.6m)の高い壁は、レンガの部分もあれば、金網の部分もある。その上、一部ぎざぎざにもなっている。クッション処理の難しさが、さりげない謎解きのかたちでちりばめられている。
ふたたびコスタ氏。
「海辺の限られたスペースに建てたので右翼が短かくフェンスを高くせざるをえなかったのがきっかけ。せっかくの高い壁なら名物になるようなものをと趣向を凝らしたんです。うちのオーナーのピーター・マギャワンは大の野球ファン、彼の遊び心が反映されています」
イチローは両球場とも「形が普通じゃないですね」と感想をもらした。だがそもそも普通の形のボールパークは、メジャーから確実に消えつつある。
こんなのは序の口。行く先々で、ボールパークのトリックに出会っていくことになるだろう。そして彼が守備の名手ぶりを本当の意味で発揮できるのは、まさにこういう変化に富んだ場所なのである。