MLB Column from USABACK NUMBER
ボブ・ギブソン:ボンズ内角攻めの勧め
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2006/05/24 00:00
5月16日、ベーブ・ルースの通算本塁打記録にあと1本とせまったバリー・ボンズが、アストロズのラス・スプリンガー投手からビーンボールをぶつけられた(編集部注:20日に記録は達成)。スプリンガーの初球がボンズの背中を通る暴投となった直後、主審のジョー・ウェストは危険球禁止の警告を両軍に通達したが、スプリンガーはこの警告を無視、その後もきわどい球を内角に放り続け、5球目をボンズの背中にドスンとぶつけたのだった。
スプリンガーとアストロズのフィル・ガーナー監督は即刻退場処分となったが、ダグアウトに戻るスプリンガーを、ファンは、盛大なスタンディング・オベーションで見送った。5年前、ボンズがマグワイアのシーズン記録、70本に並ぶ本塁打を放ったのは、対アストロズ戦だったが、当時は、四球を出したアストロズの投手を、味方のはずのアストロズ・ファンがブーイングしたほど、ファンはボンズの記録挑戦を応援したものだった。しかし、今は、ルースの記録に挑戦中のボンズは打席に立つ度に激しいブーイングを浴び、ビーンボールをぶつけた投手がスタンディング・オベーションを受けるのだから、5年の間に時代はすっかり変わった。バルコ社を巡る非合法薬剤スキャンダルのせいで、ファンのボンズに対する感情は、まったく正反対のものとなってしまったのである。
ところで、スプリンガーのボンズに対するビーンボールを見ながら、私は、つい最近、あるテレビ番組で、カージナルス往年の名投手、ボブ・ギブソン(251勝174敗、通算防御率2.91、1981年殿堂入り)が、「自分だったら、ボンズに対して、もっと厳しい内角攻めをする」と語っていたことを思い出した。スプリンガーがボンズに対してビーンボールをぶつけた理由は定かではない(アストロズの5番打者モーガン・エンスバーグがきわどい内角攻めにあったことに対する「報復」とする説もある)が、ギブソンが「厳しい内角攻め」を説いた直後に、その勧めに従う投手が現れたのだから興味深かった
さて、ボンズに対する内角攻めを勧めるギブソンだが、メジャー史上、ギブソンほど打者に恐れられた投手はいない。「本塁にかぶさる打者は、たとえ、相手が自分のおばあさんだろうとただでは置かない」と言ったと伝えられているが、大親友のビル・ホワイト(引退後89―94年にはナ・リーグ会長)がカージナルスからフィリーズにトレードされた後、最初に対戦した打席で死球を見舞い、本塁にかぶさったことに制裁を加えた話はよく知られている。
しかし、意外なことに、ギブソンの通算与死球数102は歴代56位と、その評判ほど多くはない。与死球率(対戦打者1000当たり)で見ても、ギブソンの6.3は「並み」の数字でしかなく、いま、メジャーでもっとも打者に恐れられている二人、ペドロ・マルティネスの12.0、ランディ・ジョンソンの 11.4の半分ほどでしかない(数字は5月16日現在)。なぜ「死球王」の評判に反してギブソンの実際の死球数が少ないかというと、それは、ギブソンに対する恐怖心があまりに強かったために、打者が、本塁にかぶさるなどの「挑発行為」を差し控え、ギブソンにとって「制裁」の死球をぶつける必要が少なかったからだろうと、私は考えている。
ところが、今のメジャーでは、打者が護身用のプロテクターを腕や脚に巻いて打席に立つことが許されているので、昔ほど、投手を怖がる必要がなく、平気で、本塁にかぶさってくるように見える。防御具で全身を守った上で、投手を呑んでかかり、ゆったりと打席に構える打者が増えているからこそ、マルティネスやジョンソンが「制裁」を加えなければならない頻度が、ギブソンの時代よりも増えているのではないだろうか?
いずれにしても、「まず打者をびびらせる」ことを最優先してきたギブソンにしてみれば、プロテクターで身を守った打者が投手をなめてかかることほど苛立つ話もないだろう。しかも、今のメジャーで、余裕綽々で打席に立ち、投手をなめてかかることにかけては、ボンズの右に出る打者はいない。ギブソンにすれば、ボンズほど「思い知らせる」必要を感じる打者もいないのである。
ギブソンがボンズに対する内角攻めの勧めを説いた直後、同じ番組に出演していた当代随一の名解説者、ティム・マッカーバー(元捕手、カージナルスでギブソンの女房役をした)が、「内角攻めをすると言っても、ボンズは腕に大きなプロテクターを付けているぞ」と指摘したが、これに対するギブソンの反論が圧巻だった。ギブソンは、「俺の球ならあのプロテクターをぶち壊せると思う」と答えたのだが、冗談を言っている様子はなく、その目は、真剣そのものだった。
薬剤まみれのボンズに対し、その護身用プロテクターを打ち砕く剛球で制裁を加えるギブソンのイメージを思い浮かべながら、私は、テレビのギブソンに拍手喝采を送ったのだった。