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【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第7回】
男子体操・種目別鉄棒~喜びと悔しさを胸に。 

text by

山崎浩子

山崎浩子Hiroko Yamasaki

PROFILE

photograph byYo Nagaya / PHOTO KISHIMOTO

posted2004/08/25 13:04

【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第7回】男子体操・種目別鉄棒~喜びと悔しさを胸に。<Number Web> photograph by Yo Nagaya / PHOTO KISHIMOTO

 「ん~、なんだろう……鉄棒はねぇ……」

 長い沈黙のあと、中野大輔は「自分でも混乱してる」と言った。

 その瞳はいまにも潤んできそう。無理もない。金メダルを狙って臨んだ体操種目別の鉄棒の演技で、途中でリズムを崩し、着地も力なく尻もちをついてしまったのだ。

 中野が本会場に入場してきたとき、場内は大ブーイングの真っ最中だった。

 先に演技したロシアのアレクセイ・ネモフの得点に対して、観客からの「低すぎる」というアピール。ウーという声と指笛はいっこうにやまず、10分は経過しただろうか。こんな長いブーイングは見たことがない、というほどで、場内は異常な興奮状態にあった。

 中野は懸命に自分の演技に集中しようとしていた。

 しかし、ブーイングによる中断の影響は少なからずあったのだろう。自分のリズムを作ることはできず、中野はオリンピックでの最後の演技を終えた。

「自分がへたくそだったということです。どんな状況でもやれないといけない。これは自分の弱さ。心技体がそろっていないということ」

 初めて出場したオリンピック。団体予選では思いっきりの良い演技で高得点を連発し、金メダル獲得に向けて大きく貢献した。

 金色のメダルを何度もさすりながら「めっちゃうれしいです」とピョンピョンと跳びはねていた中野は、いまここで悔しさにうちひしがれている。何がどうなってあのような鉄棒の演技になったのかもわからない様子で「混乱してます」と繰り返すばかりである。

 たった数日の間に天国と地獄を味わった男。オリンピックの恐さを知った男。彼の心はすでに北京に向かっている。

 二度とこの地獄を味わうことのないように。あの何とも言えない天国の心地よさを再び手にするために。

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