MLB Column from USABACK NUMBER
ボンズ、ア・リーグ移籍のシナリオ
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGettyimages/AFLO
posted2006/06/06 00:00
5月28日、バリー・ボンズが、ようやく、ベーブ・ルースの通算本塁打記録を抜いた。ここまで、「たった」7本打つのに2ヶ月近くかかり、本塁打量産ペースは以前と比べると格段に落ちている。はたして、あと41本打って、ハンク・アーロンの記録を抜くことができるのか、ボンズが記録を達成するために必要な条件はいくつもあるが、まず何よりも、試合に出場し続けることが必須要件となる。
しかし、ボンズは、たとえば昨季は、右膝の故障で14試合しか出場できなかった。さらに、現在、左肘にも故障をかかえ、いつ膝や肘が悪化して故障者リスト入りしても不思議はない状態にある。しかも、今季は出場しているとはいっても全力疾走はできず、ボンズの左翼守備は、ジャイアンツにとって、文字通り「足枷」となっている。
ボンズのジャイアンツとの契約は今季で満了するが、オーナーのピーター・マゴワンは、「ア・リーグでDHになる方が、ボンズ本人のためではないか?」と語るなど、契約更新に積極的とはいえない姿勢を見せている。肝心のジャイアンツがこんな調子でもあり、今季終了後FAとなっても、守備の「足枷」となるボンズを、ナ・リーグのチームが獲得に動くことはないだろうと言われている。
というわけで、来季以降もボンズがプレイし続けるためには、ア・リーグに移籍してDHとならざるを得ないのだが、その場合も、移籍先の候補は次の3チームに限られると見られている。
1)アスレチクス:サンフランシスコの隣、オークランドに本拠を持ち、ファンがボンズに対して比較的寛容である(全米的に見ると、ボンズを嫌い、アーロンの記録を破って欲しくないと願っているファンは、全野球ファンの8割に達するという)。さらに、ボンズ獲得は、出塁率重視のビリー・ビーンGMの野球戦略とも合致する。
2)ヤンキース:現在、ブライアン・キャッシュマンGMにとっては、チーム若返りが最優先であり、ボンズを雇う気はないと言われている。しかし、オーナーのスタインブレナーが、「スター選手欲しい病」という不治の病にとりつかれていることは周知の事実であり、今季、ヤンキースがプレーオフに出場できないなどの事態でスタインブレナーの不満が高じた場合、「病気」が再燃する可能性は高い。
3)タイガース:今季、チーム最大の弱点は、左の強打者がいないことにあり、ボンズ獲得は戦力強化の特効薬となりうる。しかも、監督のジム・リーランドはパイレーツ時代の上司、ボンズとは今も良好な関係にあると言われている。タイガースは、今季、優勝争いのまっただ中にいるが、「条件さえ整えば、今季中にもトレードが成立する」とする噂さえ囁かれているのである。
以上、ボンズがアーロンの記録を破るためには、ア・リーグに移籍し、DHとなることが必要だとする説を紹介したが、この説通りにことが動くためには、ボンズが「娑婆」に居続けることが前提となる。こんな心配をしなければならないのも、現在、ボンズには、「偽証罪」と「脱税」の、少なくとも二つの犯罪容疑がかけられ、アーロンの記録を破る前に「務所入り」する可能性が現実に存在するからである。
まず、バルコ社を巡る薬剤スキャンダルを調査した大陪審での偽証罪容疑だが、捜査当局は、「正直に話せば薬剤の非合法使用について罪を問わない」と保証していたのに、ボンズは、その取り決めを無視して「嘘」をついたとされている。ジアンビなど、証人となった他の選手は、すべて素直に真実を証言したこともあり、連邦政府検事局は、ボンズの偽証罪容疑について真剣に立件をめざしていると言われている。
一方、脱税であるが、同罪の嫌疑が明らかになったのは、元愛人の大陪審での証言がきっかけだった。米政府は、昔から、脱税については特に厳しい姿勢で臨むことで知られており、アル・カポネも、ピート・ローズも、刑務所に送られたのは、脱税が理由だったことを忘れてはならない。
さらに、薬剤スキャンダルについては、メジャー・リーグ機構も独自調査を進めており、機構が独自に「長期出場停止」などの処分を科す可能性がないわけではない。コミッショナーのバド・セリグも、本音では、「薬剤まみれのボンズが、アーロンの大記録を破る醜態だけは避けたい。できれば静かに引退してもらいたい」と願っていることについては、衆目が一致しているからである。
ファンの大多数やコミッショナーの願いがかなうのか、それとも、ボンズの記録破りにかける執念が勝つのか、悲しく、かつ、滑稽なことに、いま、メジャーの見所の一つとなってしまった。