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ディープインパクト 血に託した夢。 

text by

吉沢譲治

吉沢譲治Joji Yoshizawa

PROFILE

posted2007/10/18 00:00

 完全無欠の強さで、血統も生まれも育ちもすべてがエリート。そんな馬が大衆をひきつけてヒーローになったのはディープインパクトが初めてだろう。ハイセイコーやオグリキャップのように、小さな牧場で生まれた地味な血統の馬が、地方から這い上がって中央のエリートを打ち負かすというのが、かつてのヒーロー像だった。

 しかし今は米メジャーリーグのイチローや松井秀喜を、国内の試合以上に注目する時代である。世界の最高峰をめざすディープインパクトへの熱い応援に、時の流れを感じた。競馬に求めるヒーロー像も、地方から中央ではなく、日本から世界へ挑戦する舞台設定に移り変わっているのだろうか。

 それにしても、あの有馬記念のラストランは強かった。競馬に出合って二十数年になるが、この間、どんな名馬が誕生しても心にある最強馬は、意固地に23 年前の三冠馬シンボリルドルフだった。ディープインパクトが三冠馬となっても、それは変わらなかった。だが、あの有馬記念で何もかもが変わった。次元の違う強さに完全に降参だった。そうしなければディープインパクトの種牡馬としての可能性を、どこまでも見誤っていく気がした。血統的にこれほど種牡馬として魅力に満ちあふれた馬もないのである。

 あれから9カ月がたった。新千歳空港からクルマで約30分の社台スタリオンステーション。日本史上最高の51億円というシンジケートが組まれたディープインパクトは、7月末までに種付けを完了し、今はのんびりと疲れを癒している。引退時は438キロでしかなかった体も、春の種付けシーズン開幕時には470キロ台に増え、終了時には500キロ台となった。種付頭数は200頭を超えたという。

 どんな花嫁が集まったのだろう。社台スタリオンステーションと道路を隔てて広がるノーザンファームを訪ね、代表の吉田勝己氏に話を聞くことにした。ディープインパクトの生産者であり、シンジケートを組むに当たって中心になって動いた人物である。

 「最終的にうちは43頭に付けました」

 開口一番、吉田氏が満足げな表情で言った。配合リストを読み上げ、血統を説明していく彼自身が「すごい」を連発するほどに、一級の繁殖牝馬が集まっている。年度代表馬の名牝エアグルーヴ(初仔のアドマイヤグルーヴがGⅠのエリザベス女王杯を2回優勝)、2歳牝馬チャンピオンのビワハイジ(産駒のアドマイヤジャパン、アドマイヤオーラがクラシック戦線で相次いで活躍)、マンファス(ダービー馬キングカメハメハの母)……。まばゆいばかりのラインナップだ。

 「種牡馬というのはいい繁殖牝馬が集まってこそ大成功するものなんです。最高のものに最高のものを付ける。つねにベスト、ベスト、ベストの配合をする流れをつくらないと、サラブレッド産業は伸びていきません。いかにディープにいい繁殖牝馬をサポートするか。それが私の使命だったのですが、外部から集まった繁殖牝馬も一級のものばかり。世界のどこを見渡しても、これほどの質と数が集まった種牡馬はいないと思います」

 すべてを紹介しきれないのが残念だが、他にシルクプリマドンナ(オークス)など、一流の繁殖牝馬が配合リストにずらりと並んでいるのである。吉田氏が「世界最高のラインナップ」と言い切ったのも、決して大げさではない。

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