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中京女子大学レスリング部――伊調千春、吉田沙保里、伊調馨 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

posted2004/08/12 00:00

 マット上では、スパーリングが何十セットと繰り返される。誰と誰が組んでも実力者同士、伊調千春と吉田の対決も見られる。練習メニューはシンプルだ。でも、一つ一つへの集中力が高い。だから中身が濃くなる。

 開始から2時間半、ようやく練習が終わる。誰もが汗にまみれている。そのまま自主練習に取り組む選手もいる。

 練習場を後にする選手たちを追って、3軒あるうち、伊調千春が寮長を務める家へ。清掃の行き届いた、清潔感あふれる空間である。

 食事の時間だ。写真を撮らせてもらう。

 練習のときも感じたのだけど、彼女たちは、「部外者」を意に介さない。無視するのではない。顔が合えば丁寧に挨拶はする。でも必要以上に気にはしないし、ストロボが焚かれても、気にもとめない。生活の場に押し入られれば普通は嫌だろうと思うけれど、自然体なのだ。その神経も、強さの一つだ。

 伊調千春に質問する。練習で顔をあわせ、生活でも毎日同じ顔を見て、疲れない?

 「ないですね。一人でいると、かえって寂しくなる。全日本の合宿から帰ってくるとほっとするくらいです」

 千春は、回り道をして中京女子大に入学した。最初に進んだのは東洋大だったが、女子部員はわずか3人。妹の馨から、中京の練習内容を聞いて、「このままでは」と、東洋大を退学、中京へ入学してきた。

 「こんなに女子部員の人数がいて、みんな実力があるところは日本にはない。ライバル同士でもあるけれど、みんな仲はいい。家族みたいに。監督の指導も厳しいですけれど、練習以外では優しいですよ」

 その言葉を耳にしてから、3人の答えは共通していることに思い当たった。

 大学自体、華やかさとは無縁な、地に足のついたというような雰囲気の中、全員が寮生活を送り、目的をもって互いに磨きをかけられる環境。その場を作り上げ、熱心に指導に当たってきた監督の存在。

 シンプルでありながら中身の濃い練習と同じだ。秘密は何もない。やるべきことをやってきた成果が、中京女子の強さなのだろう。

 栄は、今も忘れられない思い出がある。選考会で敗れ出場を逃がし、「人生が終わった」と自殺をも考えたロサンゼルス五輪。出場したソウル五輪では、試合直前にふと雑念にとりつかれた。結果、メダルを逃がしたのかもしれないと思う。

 「女子が五輪種目に決定したときね、僕は嬉しくなかった、正直言って。すごい小心者で、自分が現役のときと一緒。選手を行かせられるだろうか、と。1回、目を閉じました。

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