アテネ五輪コラムBACK NUMBER
特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第2回】
女子柔道48kg級・谷亮子~根っからの勝負師。
text by
山崎浩子Hiroko Yamasaki
photograph byHiroko Yamasaki
posted2004/08/16 12:47
体を左右に揺らしながら足ばらいの仕草を幾度も繰り返し、集中力を高めていく。時折、何事か祈るように目をつぶり、そっと目を開けるとふーっと小さく息を吐く。ペットボトルの水で口の渇きを抑え、ボトルから手に移した水を額にかける。谷亮子は、ほんの少し緊張した面持ちで初戦を待っていた。
シドニーオリンピック柔道48㎏級金メダリストと言えども、初戦は緊張するもの。ましてや試合1カ月前に左足ひ骨筋腱損傷のケガを負い、一番追い込まなければならない時期に3週間まったく柔道ができなかったのだから、不安がないはずがなかった。
それでも谷は、初戦をなんなく突破。勝っても眉毛ひとつ、唇の端ひとつ動かさず、淡々と礼をした。金メダルを獲ることだけを目標にしている自分が、初戦に勝ったぐらいで喜んではいられない。無表情の顔からは、そんな声が聞こえてきた。
そして2回戦、準決勝も危なげなく勝ち上がり、決勝戦で相手を抑え込んだまま終了のブザーが鳴ると、谷はぴょんぴょんと跳びはね、初めて表情を崩した。
「3週間柔道ができなかったことで、かえって柔道をやりたい、勝ちたいという欲求が強くなっていた」
試合後、谷はそう語った。ケガもプラスにして金メダルを勝ち取った彼女を評して、「根っからの勝負師」と柔道関係者が舌を巻く。
「準決勝までは硬くなっていて、あまりいい柔道じゃなかった。自分から攻めていくんじゃなく、相手が攻めてきたところをカウンターでかわすというような試合運びだったけど、決勝は別人だったね。攻めて攻めまくってたでしょ?やっぱりすごいね。しっかり決勝戦に合わせてきたね」
根っからの勝負師……。
「田村で金メダル、谷でも金メダル」「ミセス初の金メダル」と、谷を飾る言葉は多い。もちろん彼女は、勝つことではなく勝ち続けることに、結婚しても勝つということに価値は見いだしている。
けれど連覇だからではなく、ミセスだからでもなく、そんな飾りを一切排除して、ただ「勝ちたい」という本能が彼女を突き動かしているのだ。