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横山典弘、「成熟」がもたらした24年目の初戴冠。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byKeiji Ishikawa
posted2009/06/08 11:00
1時過ぎから強くなった雨は、2時前には向う正面が見えなくなるくらいの土砂降りになった。レースがはじまる3時40分にはあがったが、一時はやや重まで回復していた馬場は不良にまでなった。不良馬場のダービーは実に40年ぶりのことである。
ここまで馬場が悪くなると、馬の力とともに騎手の的確な判断が求められる。どこを通り、どの位置につけ、どこで追い出すか。単純な力比べではない、騎手の頭脳戦という形が図らずも出来上がってしまったのだ。
ジンクスにこだわる余裕すら横山にはなかった。
横山典弘の乗るロジユニヴァースは一番内の1枠に入っていた。大敗した皐月賞と同じ枠順である。ジンクスを担ぐならいやな感じがしたはずだ。しかし、横山には縁起にこだわるような余裕はなかった。皐月賞の大敗、いや勝ったとはいえ、納得のできるレースではなかった弥生賞のときから、ロジユニヴァースのコンディションに首をかしげる要素があり、それがダービーになっても解消されていなかったのだ。レース後の横山は、
「ここが原因と思われるような要素があり、それが消えていなかった。1週前の追い切りのときも強気なことはいえなかった」
調整法に問題があったというのではない。調教師をはじめ、陣営は必死に体調を整え、不安の解消に努めた。だが、1番人気に推されたにもかかわらず14着と惨敗した皐月賞からわずか5週間で、無敵の連勝をつづけていたときに戻ったとは、とてもいい切れなかった。
ともかくスムーズな運びで、ロスのない競馬をさせよう。万全の状態で、思う存分、自分の技術と戦略を駆使して華やかなパフォーマンスを演じて勝とうなどという気持ちはなかった。
無謀な逃げ馬のおかげで保てたマイペースの騎乗。
レースはNHKマイルカップを勝ったジョーカプチーノの逃げで幕が開いた。若い藤岡康太はまるでパーティーの司会者のようにレースの中央に進み出て、派手な逃げで後続を引っ張る。1000mの通過は不良馬場にしては速い59秒9。一見すれば、うしろから追い込む馬に向いた流れである。
だが、実はこの大逃げでアドバンテージを取ったのは2、3番手につける馬たちだった。無謀なペースで飛ばす逃げ馬を除けば、2、3番手の馬はマイペースで逃げている形になる。
2番手は武豊の乗るリーチザクラウン、3番手は横山のロジユニヴァース。ベテランたちは有利な流れを見逃さなかった。直線を向くと、ジョーカプチーノは舞台の袖に引き下がり、リーチザクラウンが先頭に立つ。だが、それは一瞬で、内側からロジユニヴァースが鋭く抜け出すと、あとは独走になった。粘るリーチザクラウンに外からアントニオバローズが追いすがったとき、ロジユニヴァースはすでに4馬身先にゴールを駆け抜けていた。