32歳差の“王者”二人が激戦を繰り広げた王将戦。レジェンドと呼ばれ始めた挑戦者は、敗れてもなおどこか嬉しそうだった――。かつてタイトルを争った二人の同世代棋士は、その姿に何を感じ取ったのか。
レジェンド。
羽生善治がこう呼ばれるようになったのはいつ頃のことだろう。2020年冬、2年ぶりのタイトル戦出場となった竜王戦七番勝負で豊島将之を相手に1勝4敗で敗退した後くらいからではないか。
レジェンドの意味は「伝説的な人物」だ。敬意に満ちている言葉だが、どこか「過去の人」というニュアンスも漂う。
その竜王戦で敗退した後、羽生は不調のトンネルに入った。2021年度の成績は14勝24敗で、勝率3割台は衝撃だった。棋士人生初の年度負け越しを喫し、29期連続で在籍していた順位戦A級(名人在位も含む)から陥落。指し手に迷いが見られ、駒に伸びもなくなっていた。自分の子どもの年齢のような若手棋士にも屈することが増え、威光は薄らいでいた。このままではタイトル通算獲得100期どころか、出場すら叶わない。その辺りから羽生はレジェンドと呼ばれ始めたのではないか。
「羽生さんの将棋がAI(人工知能)に殺されていた時期だと思います」
羽生とタイトル戦で6回激突し、80局以上も盤を挟んできた深浦康市はこう語る。
2017年くらいから浸透し始めた将棋AIは将棋界を一新した。人間が培ってきた感覚の一部を否定し、新しい価値観を示したのだ。機械の取り扱いに抵抗がなく、AIの指摘を素直に取り入れた若い世代の棋士たちが、ベテランを相手に序盤から優位に立つことが増えた。通算で1549勝(11月15日現在)している羽生は誰よりも対局し、誰よりも勝ってきた。経験は羽生の大きなアドバンテージだが、それが通じなくなってきたのだ。
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photograph by KYODO