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【2016年8月2日】PL学園野球部“最後の12人”を追って「最高に悔いが残る一戦。でも…」《甲子園ドキュメント》

2026/07/22
2016年の大阪大会で敗れて涙するPL学園62期生
全国制覇7度を誇る名門野球部は今夏、60年以上の輝かしい歴史の幕を閉じた。過大ともいえる重圧を背負いながら、最後の12人はいかにして戦い抜いたのか。(原題:[名門校の一番長い日]PL学園野球部、最後の12人)

 5年ほど前だったか、PL学園の卒業生である桑田真澄に、高校時代の思い出を語ってもらう機会があった。春夏の甲子園で20勝している桑田は、「高校野球には神様がいるんです」と力説していた。

「毎年、夏の暑い季節になると僕らの前に現れて、ものすごい力を与えてくれる。僕は1年生の夏から5季連続で甲子園に出場することができましたが、何度もその存在を実感しました」

 本当に野球の神様がいるならば、どうして苦境が続くPL学園の最後のナインに、救いの手をさしのべないのか。

 この夏の大阪大会初戦――60年以上の歴史を持つPL学園にとって最後の試合となった東大阪大柏原戦前日(7月14日)のこと。わずか12人の62期生をさらに窮地に追い込むアクシデントが襲った。

 シート打撃中にセカンドとライトの中間に浅いフライが飛んだ。背走しながら白球を追った内野手の河野友哉と、真っ直ぐ突進してきた控え外野手の正垣静玖が激突。河野はその場に倒れ込んで呻き声をあげ、正垣は左肩を抱えてうずくまった。

 翌日の試合出場が絶望的になったことは、誰の目にも明らかだった。しばらく日陰で横になっていた河野の呻き声は、断末魔のような叫び声に変わった。大会前最後の練習であるにも関わらず監督の姿はなく、慌ててグラウンドにやって来た部長がふたりを病院に運び、河野が左足大腿の骨折、正垣が左肩亜脱臼と診断された。

「急性リンパ性白血病」を患った部員

 試合当日の朝、その一報を受けた私にはいったい誰が代わりに試合に出場するのだろうか、というシンプルな疑問が浮かんだ。

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photograph by Hideki Sugiyama

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