初土俵から所要9場所という驚異のスピード昇進を果たした新大関。その成長の背景には、相撲道を追究し続ける師匠の貴重な教えと期待、類稀な素質を見抜いた恩師の眼差し、父の大きな背中があった――。大相撲新時代を担うであろう「唯一無二」の大器の足跡を辿る。(原題:[新大関誕生ドキュメント]大の里「前へ、前へ」)
大相撲秋場所が幕を閉じて2日後の9月24日、茨城県阿見町の二所ノ関部屋では間もなく誕生する新大関を中心に着々と準備が進められていた。東京・両国国技館とは約50km離れ、JR常磐線のひたち野うしく駅から徒歩10分程度。6000平方mにも及ぶ広大な敷地内に構える緑色の屋根の建物の中で、翌朝に実施される昇進伝達式のリハーサルが行われた。
午後6時を過ぎた頃、本番と同じ場所に置いた金屏風の前で大の里が師匠の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)、おかみさんと並んで座る。向かい側には日本相撲協会の使者役を務める力士が2人。まだ普段着の主役は完成したばかりの口上を述べ、来賓との記念撮影を兼ねた乾杯に至るまで一連の動きを確認した。舞台は整った。
じわじわと漂い始めた高揚感を鎮めるかのように、小さな声が響いた。
「ちょっといいか」
師匠が大の里を呼び、正面から向かって左側奥にある事務所へと入っていった。二人だけの空間で、応接のソファーに向かい合って座る。「大関とは」の訓示だった。
相撲協会の規定にはないものの、大関は直近3場所合計33勝が昇進の目安とされている。一方で横綱は大関として2場所連続優勝やそれに準ずる好成績といった数字を前提としつつ、品格など内面から醸し出されるものが背中を押す。当該力士の足跡や生き方が、時として数字以上のインパクトをもたらすこともある。初優勝と同時に最高位の座をつかんだ稀勢の里がそうだった。二所ノ関親方は自らの経験を踏まえながら伝えた。
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photograph by Takuya Sugiyama