#1104
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【特別エッセイ】「私は内心、慌てた」阿川佐和子が仰木彬監督に感じた“律儀な色気”…43歳の誕生日にもらった「驚きのプレゼント」とは?
2024/09/14
仰木彬監督と初めてお会いしたのは1995年のシーズンオフ、宮古島のオリックス・ブルーウェーブ秋季キャンプ地までインタビュー(週刊文春『この人に会いたい』126回)をしに押しかけたときである。日本一は逃したものの、リーグ優勝した直後のこと。その日の練習終わりのひとときをお借りして、すでにユニフォームを脱いでシャツにベスト姿となられた監督に開口一番、お祝いのご挨拶をした。
さして野球に詳しくないにわか仕立ての質問者に対し、監督は首を傾げる素振りも見せず、終始くつろいだ様子で語ってくださった。当時、オリックスでイチロー選手の人気が沸騰中、また近鉄時代の教え子であった野茂英雄選手が大リーグにて、日本人選手としては先駆的な偉業を成し遂げていた頃である。
「もしイチロー選手が野茂さんのように大リーグに行きたいと言いだしたら、どうしますか」という私の質問に、監督は間髪容れず、
「そりゃ困る(笑)。うちだけじゃなくて、日本球界にとって大きな損失ですよ」
そう答えられたのが懐かしく思い出される。今や日本の野球選手がアメリカで活躍するのが当たり前のようになっているけれど、あの頃はまだ、そんな気風は定着していなかった。
「あのね、僕にはタイプというのはないんですよ」。
二時間の対談を終えてお暇しようとする我々取材陣(私と担当編集者M氏とカメラマン)に向かい、監督が、
「君たち、ご飯、どうするの?」
もはや日が落ちかける時間帯であった。
「適当に街に出てみようかと……」
M氏が答えると、
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photograph by Tatsuo Harada