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「東京ドームが井上尚弥の能力を引き出した」“祝祭装置”での34年ぶりボクシング興行と「タイソンの幻影」《二宮清純エッセイ》

2024/05/30

 34年前、フィールドから見上げる東京ドームの天井は、おろしたてのTシャツのように白かった。デーゲームでは、屋根から注ぎ込む太陽光の影響なのか、天井を覆う白い内膜が乳白色に変色し、野手はしばしば落ちてくる白球を見失った。

 しかし、この日見上げた東京ドームの天井は、もうすっかり灰色に染まっており、直射日光を遮断するフィルターの役割を果たす上で十分な“黒ずみ”を確保していた。これならデーゲームでも、野手が戸惑うことはあるまい。経年劣化による“怪我の功名”と言えば皮肉が過ぎようか。

 もうひとつ、34年前に比べると、明らかに様変わりしたものがあった。それは観客席の風景である。メインイベンターが花道に姿を現すと、まるで光の花が咲いたように、あたり一面がパッと明るくなるのだ。スマートフォンの普及は観戦スタイルまで変えてしまったようである。

過去2回メインイベンターを努めたマイク・タイソン。

 5月6日、4団体統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥がルイス・ネリを挑戦者に迎えた統一世界王座防衛戦は、東京ドームでは開業以来、3回目のボクシング興行。日本人がメインイベンターを務めたのは、これが初めてだ。

 それまでの2回は、いずれもマイク・タイソンが主役だった。破格の実力と人気を兼ね備えたヘビー級のスーパースターでなければ、5万人規模の集客を前提とするドーム興行は成立しなかった。

 1回目は開業間もない1988年3月21日、タイソンは元WBA世界ヘビー級王者トニー・タッブスの挑戦を2回TKOで退け、無敗記録を34にまで伸ばした。

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photograph by Takuya Sugiyama

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