パンチ力、フットワーク、前へ出る力。では、それを可能にする肉体とは何か?拳で倒すために最適化されたモンスターの筋肉を、解剖学者が分析する。(初出:Number1053号[強打を生み出す筋肉の連動]解剖学が明かすKOという必然。)
なぜ井上尚弥はこれほどまでにKOを量産できるのか。
いくらモンスターと呼ばれたって生身の人間。背中から翼が生えているわけでも、手の先が鉤爪になっているわけでもない。165cm、53kg。そんなスペックの男性なら地球上にはごまんといるだろう。
じゃあ、どうして?
「やっぱり『モンスターだから』と抽象的な表現になりがちですよね。でもそれでは説明になりません。ボクシングの技術的なことは分かりませんが、解剖学的視点から井上選手の強さ、速さ、巧さなどを理解できる部分はあると思っています」
そう語るのは医療系人材を育成する了德寺大学で解剖学を教える町田志樹先生だ。リングスで活躍したヴォルク・ハンに憧れていたという根っからの格闘技好き。その町田先生の目にも井上の肉体は稀有なものに映るという。
それはボクサーとして極めて洗練されている、という点においてである。
「例えば僧帽筋の上部線維が発達していると首が太く見えますが、井上選手にその印象はあまりないと思います。そこは重たいものを持ち上げる時に働く筋肉なので、ボクシングではあまり必要ありませんよね」
代わりに肩甲骨の素早い回旋を助け、ハンドスピードにつながる中部、下部がよく鍛えられている。
“ボクサー筋”のギザギザがくっきり
特に目立つのはボクサー筋とも呼ばれる前鋸筋です。肩甲骨の内側の方についている筋肉で、肩甲骨を前に出して手を伸ばす際に働いています。井上選手はギザギザとした形が非常に明瞭に見えていますね。
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photograph by Takuya Sugiyama