#1084
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「黄金期のチームにオレの原稿は必要ない」“ダメ虎”と歩んだ名物番記者、最後の1日。<『松とら屋本舗』で綴り続けた悲哀>

2023/11/09
負け続けるタイガースに、阪神ファンは自らの人生を重ねて応援してきた。そんな虎党にいつも寄り添ってきた記者が、12年続いた連載に幕を下ろす。日本シリーズ第5戦、甲子園での今年最後の試合で記者は何を見たのか。

 少年はゲートをくぐると甲子園球場の階段を駆け上がった。視線の先に空が見えた。あの向こうにスタンドがあり、その先にグラウンドがある――。気持ちが急いた。息を切らして上がりきると、眼前に黒土と緑芝のフィールドが広がっていた。夕立の後の甲子園は陽を浴びて赤く染まり、そこにユニホームに身を包んだ男たちがいた。1979年のある土曜日。阪神タイガース対読売ジャイアンツ。神戸生まれの少年にとって初めての野球観戦だった。

 試合は阪神が勝った。ストッパーの江本孟紀が1点差を守り切ると、甲子園に六甲おろしが響き渡った。ただ、何より心に刻まれたのは試合中のある出来事だった。

 ゲーム中盤、凡退した阪神のバッターが手にしたバットを悔しそうに見つめながら引き上げてきた。少年は一塁ベンチ上のネットにかじりついてその光景を見ていた。次の瞬間、顔を上げた選手と目が合った。すると、打者は手にしていた商売道具を少年に向けて差し出したのだ。少しひび割れ、まだ戦う男の火照りを宿したバットがネットの隙間を通って自分の手に届いた。およそ4万人の観衆の中でただ一人、自分だけに起きた奇跡は永遠の記憶となった。

 阪神はBクラスだったが、それからは寝ても覚めてもタイガース。小学校の文集「将来の夢」には迷わずこう書いた。

『タイガースの応援だけで飯を食う』

 するとクラスメートたちに笑われた。先生からは苦笑いで諭された。

「松下くん、それは仕事とは言わないんじゃないかな」

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photograph by Hideki Sugiyama

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