山の神――。山上りの5区で、驚異的な強さとスピードを誇り、その走りで観るものを釘づけにした2人の男は、そう呼ばれた。順天堂大学の今井正人。東洋大学の柏原竜二。箱根駅伝が生んだ最大のスターは、あの大歓声の中をいかに走り、4年間で経験した歓喜と無念から何を学んだのか。現在はマラソンで世界を目指す2人が存分に語り合った。(初出:NumberPLUS<90回記念完全保存版>箱根駅伝~1920-2014~[スペシャル対談]今井正人×柏原竜二「敗北と箱根の山が僕らを強くした」)
――ふたりは箱根駅伝で大活躍したわけですが、ご自身があの大舞台に上がるまで、箱根はどういった存在だったのでしょう。
今井 やはり、憧れでしたね。自分が本格的に陸上をやりはじめたときには、順大と駒大の“紫紺対決”の時代。強い2校が真正面からぶつかりあう展開に興奮してました。順大には野口英盛さんらクインテットがいて、高橋謙介さんがいて。’01年の9区、10区での逆転が名勝負としてすごく印象に残ってますね。
柏原 実は高1まで、箱根を全然観てなかったんです。まだ、自分で走ることにしか興味がなくて。何でこんな寒い日に駅伝をやってるんだろうって思ってました(苦笑)。
今井 おれは順大の本川一美さんが留学生のオツオリさんをブチ抜いたのも覚えてるな。
柏原 ……それ、今井さん何歳ですか?
今井 まだ7歳とか(笑)。当時、兄貴が「この人はすごいんだぞ!」と言っていた記憶と、後からその映像を見たときの記憶がごちゃごちゃになっているのかも。
柏原 僕が高2で初めてちゃんと箱根を観たときには、今井さんがすっごいフィーチャーされてました。僕らの地元・福島は陸上が盛んなんですが、1日中、今井さんが活躍したというニュースをやってるし、1月4日は地元の新聞もトップ記事。ただただ「こんなスゲーひとがいるんだ」って思ってましたね。
今井 柏原が高校生のとき都道府県対抗駅伝でチームメイトになったじゃない。そこで「5区をやりたいんですよ」って言ってたよね。
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photograph by Atsushi Hashimoto