激しい肉体的衝突を繰り返すラガーマンには、その痛みから逃げない内面的な強さが求められる。では、日本ラグビー界で最も強靭なメンタルの持ち主は、いったい誰なのか―この男しかいないだろう。彼の精神構造を探ると、“笑わない理由”が垣間見えた。(初出:Number1007号[笑わない男のルーツ発見] 稲垣啓太 「僕の心が折れない理由」)
約束の時間より少し前に、白いTシャツで頑強な上半身を包んだ男が待ち合わせの場所に到着する。
取材するのは昨年のラグビーW杯準々決勝、南アフリカ戦の翌々日以来である。
世間ではすっかり有名になってしまったけれど、W杯前も後も、基本的に彼は変わっていない。見た目は怖いが人当たりは柔らかく、丁寧に語り、でも殊更に話を相手に合わせることもない。
元気ですか? と僕は聞く。
今までで一番体は仕上がってますよ、と彼は答える。
稲垣啓太のメンタル。
興味はあるけれど、果たしてこの世にこの男のハートを挫くものなんてあるんだろうか? きっとないんだろうな、と僕は思う。逆にもし、彼が怖れるものがあるのなら、その災厄はきっとこの惑星を滅ぼすに違いない。
それとも、ああ見えて、意外と脆い部分があったりするんだろうか。試合に負けた日の夜は、一人ベッドで泣いてたりとか?
まあいいや、とりあえず聞いてみることにしよう。
稲垣さん、心が折れたことありますか?
「ないですね」
即答だった。やっぱりそうだよな。
でもここで納得してしまったらインタビューにならないので、しつこく聞く。
折れはしなかったけれど、ものすごくメンタル的にキツかった、そんなエピソードってありますか? ジャパンの練習がハードすぎて、とか。
「練習がキツいとかは、まったく問題じゃないんですよ。自分が目指してるものに対して、厳しい、苦しい思いをして結果を得ようとするのは当然のことだから」
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photograph by Atsushi Kondo