#1020
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「春口先生と選手の板挟みになって…」ラグビー日本代表PR稲垣啓太、強靭な心が折れたとき【名門・関東学院の主将として】

2023/10/17
大学時代の稲垣啓太の写真を手に取る元監督の春口
2012年の冬、全国優勝6度の名門は入れ替え戦に敗れ、31季ぶりとなる2部降格を喫してしまう。当時、主将を務めたのは現代表の1番。最前線で戦い続ける男が悔いる、苦悩に満ちた大学最後の1年。(初出:Number1020号 名門大学の流儀4 関東学院大学 稲垣啓太 やっぱりあいつは向いてない。)

 昨年7月、稲垣啓太にインタビューした。テーマは心の強さについてだった。

 心が折れたこととかあるんですか? 訊くだけ無駄だと思いつつ訊くと、0・1秒後に答えが返ってきた。

 ないっす。

 基本的に稲垣という男は、誰の助けも必要としない、自己完結型の男なのだ。

 まあでも、なんかあるでしょ?

 稲垣は基本的に優しい男でもある。しつこく食い下がる僕に、もう厨房をしめてしまった料理人が冷蔵庫の中のありあわせでとりあえず一品作ってくれるかのように、これまでのラグビー人生で少しだけ凹んだことについて教えてくれた。

 中学3年生でラグビーを始めた時、それまで大好きだった野球をやめてしまったこと。そしてもう1つは、関東学院大学4年生の時、キャプテンを任されたそのシーズンにチームを1部から2部へと降格させてしまったこと。

「次のシーズンに2部で戦わなきゃいけなくなった後輩たちのことを考えると、なんだかほんとに申し訳なかったです」

 なぜうまくいかなかったんですか?

 彼はその問いに、全部自分でやろうとしすぎたのかもしれないですね、と短く答え、その次の言葉は続かなかった。もう過ぎたことには興味がないようにも見えたし、それについてはあまり深く話したくないようにも見えた。

 稲垣がキャプテンだった頃……。本人にとってどうであれ、僕にとってはなかなか興味をそそられるテーマだった。

稲垣をキャプテンに指名したのはごく自然な流れ。

 それから半年後の2021年1月、僕は金沢文庫駅から歩いて10分ほどの小学校の校庭で、タッチラグビーに汗を流す子供と大人の姿を眺めていた。海からの風はものすごく冷たかったが、降り注ぐ日差しはあと2カ月後にやってくる季節をほんの少しだけ感じさせてくれていた。

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photograph by Atsushi Kondo

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