浴びすぎたビールはやめておいた。「ジンジャーエールにしましょうかね」。リーグ優勝を成し遂げた翌日、マツダスタジアムから徒歩圏内にある行きつけの飲食店の小さな個室で岩崎優は、ささやかな祝杯をあげていた。前夜はビールかけ、テレビ出演とすべての“登板”を終えたのは深夜3時すぎ。「さすがに2次会はなかったですね」とすぐにホテルのベッドにもぐりこんだ。ただ、王者に深い眠りは許されず、朝から慌ただしく遠征先の広島へ移動。この日登板はなかったが、体には少し重たい疲労感とビール瓶を全身で振って出た筋肉痛がしっかり残存していた。
たっぷりバターをまとったゲソ焼きが鉄板の上に乗せられた頃、備え付けのテレビには二十数時間前の「至福」が映し出されていた。マジック「1」で迎えたジャイアンツ戦。1点優勢の9回2死三塁で北村拓己の二飛を中野拓夢ががっちりつかむと、背番号13は瞬く間に仲間の歓喜の渦に飲み込まれた。
「いやぁ、この真ん中に自分がいるんですよ。最高すぎるでしょ。こんな幸せなことないですよ」
岡田彰布監督の胴上げの後、原口文仁の呼びかけで岩崎も3度、ナインの手で宙に舞っている。その左手には今年7月、脳腫瘍のため28歳の若さで亡くなった同期入団の横田慎太郎さんの現役時代のユニホームが握りしめられていた。
「今年はヨコの思いも背負って戦うと自分の中で決めていたので」
32歳は再びジンジャーエールで口を潤すと、一息ついた。そこには苛烈な働き場である9回のマウンドを守り切っただけでなく、ブルペンという「砦」の主として任務を全うした代えがたい充実感も満ち溢れていた。
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