トレーニング中、視力をほぼ失った男はピッチに戻ることをあきらめなかった。不自由さをむしろ成長のチャンスと捉え、フットサルで対人守備などを成長させた。機が熟した2023年夏、南半球の地に降り立ち、約3年ぶりに芝生の上で躍動した。
プールの水に浸かって見える、そんな世界――。おぼろげに映るだけで、認識することさえままならない。ただそれもあくまで左目の話であって右目は見えていない。
左目にほんのかすかに視力を残すだけの人が、現役を続けるなんて到底無理だろうと思われた。いくら頑張ったところで不可能がひっくり返ることなんてない、と。
でも松本光平なら……。彼はどんな困難をぶつけられても、前向きに変換できる天賦の才がある。白杖を手にして、このように笑いながら言ったことを思い出す。
「目をケガしちゃったじゃないですか。でも白杖を持って駅のホームで迷っていると、みんな親切に教えてくれる。ケガする前より迷わなくなりましたよ」
あの大事故から3年。
様々なトレーニングをこなして普通にサッカーができるまでになっただけでも驚異なのに、彼は「あまりルールも分からない」なかフットサルに挑み、視覚障がいがある初めてのFリーガーとなった。'22〜'23年シーズン、F2のデウソン神戸に所属し、リーグ全体で13番目となる9ゴールを叩き出したことは衝撃を与えた。
元々はオセアニアを拠点に活動してきたフットボーラー。ミラクルは単発で終わらない。自ら売り込みをかけていた古巣ニュージーランドのハミルトン・ワンダラーズと契約を結ぶことになったのだ。
2023年8月5日、マヌレワとのアウェーマッチ、後半途中に保護用のゴーグルを身につけた松本がピッチに入っていく。ずっと口にしていた「サッカーの世界に戻ってくる」をついに現実とした。
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photograph by Takuya Sugiyama