WBCで見せた闘志溢れる振る舞いの数々は、青春を共に過ごした仲間の目にどう映ったのか。最後の夏から11年、29歳を迎える彼らにとって「同級生・大谷翔平」とはどんな存在なのか。
WBCで戦う大谷翔平の姿に、今年度29歳になる花巻東の同級生たちは高校時代の光景を思い出していた。
たとえば準決勝メキシコ戦、1点を追う9回の先頭打者として二塁打で出塁し、味方を激しく鼓舞したシーン。花巻東で4番を打っていた太田知将の脳裏に、3年夏の岩手大会決勝が浮かんだ。
2012年の盛夏。忙しない蝉の鳴き声に包まれた岩手県営野球場で、花巻東は盛岡大附にリードを許して最終回の攻撃を迎えていた。走者一、二塁の好機で打席に入った3番・大谷が、詰まりながらもライト前に適時打を放つ。大谷は一塁ベース上で、打席に向かう4番・太田に視線を送った。
「翔平が『知将、行けよ』と、こっちを見て指さしたんです。声は球場の歓声で聞こえなかったけど、口の動きで分かりました。あの時の翔平の顔は、よく覚えています」
たとえば決勝アメリカ戦の試合前、チームメイトに「憧れるのをやめましょう」と語ったスピーチ。大谷が初めて投げた160kmを中堅手として「特等席」から見ていた千葉峻太は、「あんなに気の利いたことを言える人だったかな」と大人になった友の姿に感心した。
「あの言葉には『花東イズム』をたしかに感じました。翔平は160kmを投げるために、目標を『163km』に設定していましたから。『僕らは超えるために来た』という言葉は、そこから生まれたのかなと」
たとえばマイク・トラウトを相手に、フルカウントからスライダーで空振り三振を奪った最後の場面。投手として大谷とエースの座を争った小原大樹は、「ついにピッチャーらしくなった」と感じた。
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photograph by Asahi Shimbun