この男の打棒なくして、世界一奪還はなかった――そう断言できる。メジャー移籍1年目のWBC出場を危惧する周囲の声を掻き消す見事な活躍の背景には、稀代のバットマンの断固たる覚悟があった。
チームに勇気を与える一打がある。
侍ジャパンが頂点に上り詰めるまでの7試合には、数々の劇的な一撃があった。その中で日本を勝ち切らせた1本を挙げるとすれば、迷いなく準決勝のメキシコ戦で吉田正尚外野手が放った本塁打である。
負けるかもしれない――優勝までの道のりで、ただ1試合だけ、そんな不安を抱かせたのがこのメキシコ戦だった。
先発左腕のパトリック・サンドバル投手の巧みなピッチングに翻弄されて、決定打を奪えないまま打線が沈黙。その間に先発の佐々木朗希投手が4回に3ランを浴びて先手を取られた。ジリジリと試合が中盤から終盤へと入っていく中、これまで感じたことのなかった焦りに日本ベンチが包まれていた。そんな空気を振り払う、起死回生の一撃を放ったのが吉田だった。
「ちょっと重苦しい雰囲気があったけど、最後は自分を信じて強い気持ちで打席に臨みました」
7回、2死から2番の近藤健介外野手が右前安打で出塁する。マウンドのメキシコ3番手左腕のジョジョ・ロメロ投手が大谷翔平投手を警戒して歩かせ走者を溜める。そして迎えた一、二塁。打線のキーポジションである“大谷の後ろ”を任された吉田が、その期待に応える働きをした。
2ボール2ストライクからの5球目だった。内角低めの138kmのチェンジアップに、少し体勢を崩された。それでも何とか粘ってすくい上げると、ボールは高々と上がって右翼ポール際に消えていった。
「痺れましたね。追い込まれていたので、何とかくらいついていこうと思った。最高です!」
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photograph by Yukihito Taguchi