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[現役復帰後の1年に密着]大迫傑「必要なものを探し続けて」

2023/02/15
3年ぶりに出場する3月5日の東京マラソンを控え、大迫はケニア・イテンで直前合宿を行なっている。その姿を撮り続けてきた写真家が、1年間、ファインダー越しに見てきた光景を綴った。

 ゴールに設置されたフォトブリッジから撮影していた僕は、慌てて階段を駆け降りた。2022年11月6日、ニューヨークシティマラソンのゴール後、大迫傑は地面に膝をつき、駆け寄ったスタッフの手を借りることになった。少し歩いては膝に手をあて、立ち止まる。珍しい光景だった。ゴールを盛り上げるBGM、MCや観客の声で現場は大音量に包まれていたが、大迫のまわりだけは音がなかった。歪んだ表情と荒い呼吸、流れる大量の汗。シャッターを切れたのはわずかな時間だったが、現役復帰してからここに戻ってくるために費やしてきた9カ月という時間の重みに、少しだけ触れられたような感覚があった。それと同時に、僕はやはりこの選手が撮りたいのだと強く確信した。大迫はもう一度戻ってきたのだ。それが嬉しくてたまらなかった。

 レース2日前、ホテルの部屋でインタビュー収録をするというので同席させてもらった。ニューヨークは徐々に陽が傾きはじめ、高層階の部屋からは光が出ていこうとしていた。窓から下を見ると大勢の人が交錯している様子が見える。部屋に現れた大迫はいつものように軽く挨拶を済ませると、窓側のソファに腰を掛けた。昼間に食べたものやこれから家族で行く予定の美術館のことなど、他愛もない話をする。言葉の端々や表情から、ここまで調整が上手くいっていることが伝わってきた。

 レース当日の朝はいつものようにホテルまで見送りに向かった。といっても直接言葉を交わすことはなく、目が合えば挨拶をする程度だ。マラソンのトレーニングの厳しさを想像すると、「頑張って」という言葉をかけることが僕にはとても難しい。大迫はホテルから選手バスの乗り場まで徒歩で移動した。バスに乗るまで待ち時間があり、ピート・ジュリアンコーチと座って話す姿をファインダー越しに眺めていた。二人の間柄は選手とコーチというより、長年の友人同士に見えた。日の出を待つニューヨークはまだ暗く、街灯や車のヘッドライトに照らされた選手と関係者の集団は妖しくも見えるし、ドラマチックでもあった。

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photograph by Shota Matsumoto

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