昨年の11月、スワローズが極寒の神戸でバファローズを下して日本一に輝いた、その翌朝のこと。冬の晴れ渡った青空が広がる千葉の高校にイチローがやってきた。
「気持ちのいい空気が流れてるね。僕に何ができるのかはわからないけど、おそらく一緒に動けるメニューもあるだろうし、彼らには何かのきっかけになるようなものを届けられたらいいなと思っています」
2021年11月28日。
千葉明徳のグラウンドに、國學院久我山の選手たちが到着した。秋の東京大会を制して翌春のセンバツへの出場を確実視されている高校が、千葉県でベスト8の壁を突破できないでいる高校のグラウンドで練習試合を行う。そして、その試合をイチローが観ている――俄には理解しがたいこの状況、じつは2年目となるイチローの高校野球へのアプローチ、その始まりだった。
東京の國學院久我山。
千葉の千葉明徳。
香川の高松商業。
イチローが指導することが決まって、まずは関東の両校が練習試合をすることになった。両校の選手たちはイチローが現れることを知らされていなかった。國學院久我山の選手たちに至っては、練習試合を観に来た目の前のイチローは、千葉明徳の指導に来たものと思って羨ましがっていたほどだ。その翌日、イチローが突然、久我山の校庭に現れたのだから驚くのも無理はない。
指導する高校を選ぶにあたって昨年、イチローが大事にしたのは想いの熱量だった。2020年2月、学生野球の指導に必要な資格回復を日本学生野球協会から認定されて以来、イチローのもとには指導を切望する高校からの依頼が殺到していた。それは、同年12月に智辯和歌山での指導が報じられたからではなかった。そんな中、どこよりも早くその想いをイチローに届けたのが千葉明徳だった。そして、当時の2年生全員でイチローへ指導をお願いする手紙を届けたのが國學院久我山で、彼らはどこよりも熱く想いを訴えた。イチローが指導した智辯和歌山に夏の甲子園で敗れた高松商の長尾健司監督は、「ウチにもイチローさんに来てほしいな」と、どこよりもリスクを背負ったコメントを発している。イチローがこの年、足を運ぶことにしたのはそういう“熱量”が高かった3校だ。
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