まったく見ず知らずの人と抱き合ったことがある。あとにも先にも、そんなことをしたのはその一度きりだ。いつだったかははっきり覚えている。1990年12月23日。時刻は午後の3時半を過ぎたあたり。声を出したことも記憶している。こちらも相手も、「オグリ、オグリ」と叫んでいた。
オグリキャップが最後に勝った有馬記念ほど幸福感にあふれたレースを知らない。オグリキャップの単勝人気は上から4番目。記念に100円だけ持っていた人も多く、大きく儲けた人はいなかったろう。こちらのポケットにもオグリキャップの馬券は1枚も入っていなかった。懐は痛い目に遭ったのに、声をからして損をさせた主の名前を叫ぶ。考えてみれば不思議なことだ。しかし、損得を忘れ、みんなが叫んでいた。
特製トートバッグ付き!
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
photograph by Tomohiko Hayashi