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「後出しじゃんけんの天才」阪神タイガース・高橋遥人、“無双”のルーツを徹底解剖…本人と中高時代恩師が語るマニアックすぎる練習とは?《常葉橘高校》
ヒーローインタビューでのしどろもどろな受け答えからは想像もつかないが、普段は案外、早口だったりする。
「あっ、今YouTube見れたりしますか?」
甲子園球場施設内の会議室。彼はおもむろに立ち上がると、こちらのスマートフォンを受け取って「高橋遥人 高校時代」と自分の名前で検索をかけた。常葉学園橘高校3年夏の投球動画を探し出すと「ほらっ、フォームぐちゃぐちゃでしょ?」と苦笑い。そのまま当時の本音をあっけらかんと語り始めた。
「僕、いいときが長続きしなかったんです。3年夏は高校時代でワースト3に入るぐらい調子が悪くて、静岡県の4回戦で負けちゃいました。いいときが短くて悪いときは長い。箸にも棒にも引っかからない投球をしてしまうのに、ドラフト候補とか言われるのも恥ずかしくて……」
高校野球最後の夏が終わると、高橋は履歴書を手に就職面接へ向かった。硬式野球を“卒業”して、地元の企業で軟式野球を続けようと考えたのだ。
「チームに迷惑をかけてばかりの自分にもう耐えられませんでした。自分には才能がないと感じていたし、高校で硬式の野球はやめようと思っていたんです」
下山はその球質に衝撃を受けた「ニュル~ッと来て…」
ときの恩師が慌てたのは言うまでもない。
下山秀樹が高橋と出会ったのは静岡市清水区の名勝、三保松原の近くにあるグラウンドだった。当時は常葉橘中・高の総監督という立場。スカウティングに駆け回っていたとき、ひょろりとした小学5年生が目に留まった。左利きなのに二塁を守る少年は器用で手足が長い。調べれば本職は投手で、何より彼のしなやかで柔らかい身のこなしに好奇心をくすぐられた。
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