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「女の子が男装して校内へ!?」荒木大輔と斎藤佑樹が語る甲子園フィーバーと“あの夏の匂い”「早実は横浜と同じタイプでした」《スペシャル対談》
荒木 あの夏からもう20年か。
斎藤 20年です……長く感じたこともあったし、短く感じるときもあった。相応の時間が経ったという感じですね。今、38歳になりましたが、小さい頃、こういう大人になりたいと思っていた感覚にやっと現実が合ってきたなという、そういう20年です。
荒木 その感覚、僕にはない(笑)。僕は62歳で、佑ちゃんとは同じ辰年生まれ。二回り違うでしょ。甲子園は46年も前で、それが長いとか短いとか、考えたこともない。
斎藤 でも1年の夏、甲子園で準優勝ですよね。スゴすぎて、信じられない。
荒木 いやいや、佑ちゃんこそ、マー君のいる駒大苫小牧に勝ったんだよな。テレビで観てて、あの早実が一番になってるって、そっちのほうが信じられなかったよ(笑)。
斎藤 王貞治さんの時代にセンバツで優勝(1957年)しましたけど、夏の甲子園の優勝はあのときが初めてでしたからね。
荒木 いつもあと一歩で勝ち切れないのが早実だったからね。夏の優勝の景色を佑ちゃんたちが初めて見たんだから、スゴいよ。
斎藤 甲子園で優勝して、東京駅も国分寺もすごい騒ぎでした。学校の周りは閑静な住宅街なのにたくさんの人が集まって、地元の人たちが喜んでくれていて、テレビカメラもやたらといる。優勝ってこういうものなのかと思いました。
荒木 僕は1年のときは新幹線で帰ったけど、その後は人が殺到して事故が起こったら大変だからって駅に近づけなくなった。だから東京と甲子園の移動はバスだったね。一度も優勝はしてないんだけど(笑)。甲子園って、決勝の雰囲気だけは他の試合と違う感じがしなかった?
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