三食見学ツアーBACK NUMBER
寺内健/飛込競技
「スーツを脱ぎ捨てロンドン五輪へ」
text by
芦部聡Satoshi Ashibe
photograph bySatoshi Ashibe
posted2011/03/06 08:00
「ライバルはいない。自分との戦い」と表情を引き締める
――“できるオトコ”が挑む五輪戦線への飽くなきダイブ――
'96年のアトランタから'08年の北京まで、4大会連続で五輪出場を果たした寺内健選手。飛び込み界の第一人者にして、今年1月にミキハウスに入社した“サラリーマン”でもある。会社員にしてはいささか派手すぎるスーツ姿で寺内選手は朝8時の食堂に現れた。
「今日は練習施設を見学したあと、本社で行なわれる新作発表会に立ち会います。会社の業務を知っておくのは当然のことですから」
寺内選手は北京五輪に出場後、競技生活を引退。所属先であったミズノの営業マンとして、第2の人生を踏み出した。柔道場、卓球場にトレーニング設備を備えたミキハウススポーツスタジアムで朝食をとりながら、復帰に至るまでの紆余曲折を説明する。
「引退後は運動らしい運動は一切していない。五輪という目標があったからこそハードに練習していたわけですから……。酒席も少なくなかったし、体重は5kgほど増えましたね」
日々の仕事はおもしろかったが、遠ざかっていた飛び込みに心がふたたび引き寄せられていった。焼け棒杭に火がついたのはなにゆえ?
「自分では納得して引退したつもりだったんですが……どこか心残りがあったんでしょう。仕事にはやりがいを感じていましたが、競技に傾いた気持ちは止められなかった。友人の北島康介選手の活躍にも刺激されましたね」
わずか1.6秒のために会社を辞めて現役に復帰。
競技に専念するためには退社するしか道はない。見切り発車の現役復帰だったと苦笑する。世間には職探しに必死な人がごまんといるのに、大胆な決断をしたものだ。
「退社したのは昨秋ですが、その時点では次の所属先は何も決まっておらず、アルバイトで食いつなぐ覚悟だった。競技は今しかできないし、安定した生活と天秤にかけるなんて考えたこともありませんでした」
無意味な安寧を望まず、リスクを恐れない姿勢は、現代を生きるビジネスマンの鑑でもある。発表会を視察したあとは、練習拠点にしているJSS宝塚スイミングスクールに移動。スーツから水着に着替えて、“通常業務”に取り組む。3mの高さに設置された弾力性に富む飛び板に踏み込んだ寺内選手は、天井まで一気に跳躍すると、複雑に体をひねって入水した。その間、約1.6秒。この一瞬のために、寺内選手は毎日8時間近くをトレーニングに費やしている。わずか2秒にも満たない本番に向けて、これほどの時間をかけて準備する競技はほかにないだろう。ある面においては費用対効果がきわめて悪いスポーツだ。