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「野球を嫌いになったこと、ですか?」ドラフトで人生が暗転した元楽天・一場靖弘の今…外資系保険のトップ営業マン→独立L新球団代表になった理由
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間淳Jun Aida
photograph byJun Aida
posted2026/11/01 11:02
独立リーグ球団代表となった一場靖弘。自身のドラフト・プロ生活の苦しさをベースに今を生きている
それでも、足を止めるわけにはいかない。2030年にNPBのファームリーグ入りを目指し、まずは球団経営を安定させる資金が不可欠になる。球団代表は重責だが、一場の言葉は活力に満ちている。
「球団経営には、こんなにもお金がかかるのかと感じます。でも、やりがいしかないです。成功したら、かなりの達成感があるはずです。目標達成すれば色々な人たちの喜ぶ顔を見られる仕事だと思っています」
スポンサーを集めるために企業へ営業していると、プロ野球選手だった頃を知っている人もいるという。初年度から球団の後援会を発足して頂いているスポンサーもいる。リーグ戦の日程や勝敗を気にするようになったという。一場は激励の言葉をかけてもらうことも増え、少しずつ輪が広がっていると実感している。
野球から離れ、営業で掴んだ成功
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ドラフトをめぐる騒動で、社会人としてのスタートは大きく躓いた。不本意な形で有名になり、人を信じる怖さも知った。プロの世界では思い描いた結果を残せなかった。しかし、あらゆる経験が今につながっている。
現役引退後はコーチの打診を断り、看板製作会社に就職した。当初の予定通りに1年で退職し、通信機器会社に転職した。その後、ヘッドハンティングされた外資系保険会社で5年半勤めた。学生野球資格を回復したため、自身で野球アカデミーも運営した。
短期間での転職には、「中途半端に職を転々としている」と報道されたこともあった。しかし、実際は設定した目標をクリアし、次のステージへとキャリアアップしてきた。通信機器の会社では営業成績が評価され、入社2年目で課長に抜擢された。外資系保険会社では、営業成績のランキングで上位にも入った。一場は語る。
「ユニホームを脱いだら、野球から一度離れようと考えていました。野球以外の世界を知る方が大事だと考えたためです。現役を引退してからの方が人生は長いにもかかわらず、野球しか知らないと言われるのが嫌でした。野球では思い通りの結果を残せなかったので、別の道で成功したい気持ちもありました。今は経営も学んでいますし、人生のステップアップができていると思います」
“1億円プレーヤー”の夢を再び
30歳からスタートしたネクストキャリア。プロ野球選手だった頃はパソコンに触れる機会はなく、営業も当然ながら初体験だった。それでも、成果主義の外資系保険会社に飛び込んだ。あえて厳しい環境を選んだ理由を一場が説明する。

