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敗者・高田延彦の本音「僕が武藤(敬司)に足4の字で負けることで…」スーパースターが衝撃のギブアップ、新日本vsUインター“伝説の一戦”の真実
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堀江ガンツGantz Horie
photograph by東京スポーツ新聞社
posted2026/10/09 17:48
武藤敬司が高田延彦にドラゴンスクリュー
「それに、あの日の興行全体は、ある意味で猪木イズムなんだよ。猪木さん時代の新日本っていうのは、前座はガチンコに近いことをやらせて、メインに向けてどんどん大会をビルドしていき、最後は猪木さんが華やかに締める。その猪木さんの役割を俺がやったっていうことなんだよな」
武藤が抱いた“警戒心”の正体
そして武藤vs髙田の試合も、序盤は昭和のストロングスタイルを思わせる、オーソドックスなグラウンドの攻防が展開された。対抗戦の殺伐感というより、互いの技量を確かめ合うような展開。その中でも、ヒリヒリとした緊張感が途切れなかったのは、髙田がいつ仕掛けてくるかわからないという警戒心があったからだろう。
「Uインターでは、北尾(光司)が髙田さんのハイキックでKOされているからね。やっぱり、そういうのも考えたよ。だけど俺は、昔の前田(日明)さんがいた頃のUWFと新日本(業務提携時代)の殺伐とした緊張感を経験しているからね。だから、髙田さんとのああいう試合は、俺じゃなきゃできなかったんじゃないかな。たぶん、30年経った今でも見られる、高度なプロレスをしていると思うよ」
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そんな武藤の警戒心を髙田も気づいていた。
「向こうが“それ”を警戒しているのはわかってた。だからこそ、緊迫感があって面白かったんじゃない。そこが熱をつくり上げたポイント。私はあの日、リングに向かう花道を、本当に嫌な思いで歩いていた。表情には出さなかったけど、その後に起こることがわかっているわけだから、自分のなかのテンションは上がらないし、燃えるような気持ちでリングに上がったわけではなかった。
そうしてリングに上がったとき、米粒ほどの大きさの“それ”がチラついたの。でもすぐに消え失せた。そりゃ無理だよ。私と武藤の関係性を考えたらできるわけがない。武藤は友人でもあるし、そんなに長い期間ではないけど巡業をともにしたこともある。私が新日本とUWFの業務提携時代に新日本のリングに上がってる時、彼が苦悩しながら頑張ってた姿も見ているしね。だから対戦相手ではあるけど、どこかで仲間という思いが強く残っていて、そこまでのアクションは起こせない。これが自問自答の即答だった」(髙田延彦/『証言UWF 完全崩壊の真実』宝島社)

