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「謝罪会見をしたのも…」高田繁のGM初仕事は“問題児”だった大投手の入団交渉「一場問題があったからね」日本ハムで出会った“本当の天才”とは
posted2026/09/14 17:24
新入団選手発表の場で記念撮影する新人のダルビッシュ有(右端)と高田繫GM(手前)
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村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph by
JIJI PRESS
選手、監督、GMとして、プロ野球の表も裏も知り尽くした男・高田繁。「塀際の魔術師」と呼ばれた巨人V9戦士は、日本の野球界に何を残したのか。野球人生のすべてを語り尽くした『後ろ姿のない男 高田繁と日本野球の70年』(著:村瀬秀信)が絶賛発売中だ。今回はその中から、2005年からの北海道日本ハムファイターズGM時代を抜粋し、紹介する。【全3回の1回目/第2回、第3回も公開中】
(2005年の)年明けだったかな。吉村浩君にはじめて会ったのは。
彼はGM補佐という肩書きで阪神タイガースから来た。もう一人、球団の叩き上げでもある球団統括本部長の島田利正君とね。
三人寄れば文殊の知恵とはいうけどな。肩書きは俺がGMだけど、実際は3人でやったようなもんや。監督やコーチの人事なんかも、3人で話し合いながら決めてね。誰の意見が強いというのでもない。本当に対等の関係だったと思うよ。
「彼には驚かされた。本当に頭いいんだもの」
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ただ、得意な分野があるからね。島田君は元々通訳でファイターズに入ってね。業務提携先のヤンキースで日米の野球の違いを学んできている。札幌移転にも尽力した人で、フロントの心臓部であるチーム統括部のトップとして、フロント業務全般で奮闘してくれた。
そして、吉村君。彼には驚かされたね。天才というのはああいう人のことを言うんやろな。本当に頭いいんだもの。それでいて、野球が好きなんだよね。吉村君はスポーツ新聞の記者からデトロイト・タイガースのフロントに入ってメジャーリーグの組織を肌で学んできた人や。とにかく数字やデータに強い。いわゆる野球オタクなんだろうけど、その好きの具合がハンパじゃないのよ。彼の頭の中にあるプランをシステム化したのが“ベースボールオペレーションシステム”(BOS)。簡単に言えば、選手の能力を客観的な数値で判断できるようにする仕組みだよ。

