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「森保家の3階で麻雀も楽しんだ」盧廷潤が55歳になった今も忘れない、兄貴のような森保一「いつもサンフレッチェの真ん中にモリヤスがいた」
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キム・ミョンウKim Myung Wook
photograph byJ.LEAGUE
posted2026/08/27 11:07
サンフレッチェ広島でプロのキャリアを歩み始めた盧廷潤(左)。日本を去った後も、森保一とは家族ぐるみの付き合いが続いた
チームの団結を象徴するのが、森保家でたびたび開かれていたという食事会だ。試合が終わると、選手たちが食材やビールを持ち寄り、家族も一緒に集まった。子どもたちは近くの公園で遊び、大人たちは焼き肉を囲んだ。勝利した日は、森保家の3階で麻雀を楽しむこともあった。
「森保さんが選手たちを自分の家に招いて、みんなで食事をする。簡単にはできないですよ。あの頃のJリーグで、あんなことをしていたチームは、広島くらいじゃないですか」
不安を抱えながら始まった広島でのプロ生活。生活の細部まで支えてもらったことを今でも恩に感じている。森保とは、日本でできた同僚の一人ではなく、いつしか兄貴分のような家族ぐるみの付き合いをする深い友人となった。
韓国でも実践した森保流のおもてなし
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外国人として加わった盧も、客人のままではいなかった。「上村健一にはよくおごってやったし、よく食べていた。今度会ったら、お金をもらわないと(笑)」と、森保先輩さながら、収入の少なかった若手に自宅でキムチや肉を振る舞ったという。
迎え入れられた者が、次は別の誰かを迎え入れる。その連鎖によって、ロッカールームが一つの集団になっていった。
そもそも、韓国には「ご飯は食べましたか?」があいさつと言われるほど、食事の場を大切にする風習がある。盧にとっても食卓は、単なる息抜きではなく、チームをまとめる装置だった。Kリーグの釜山アイコンズで主将を務めた際には、月30万ウォンほどだった主将手当を100万ウォンに上げるよう交渉し、そのお金で月に1度、選手全員を食事に連れて行ったという。シーズン中には監督、選手の妻や子ども、恋人まで集めたパーティーを開いた。広島で知った「家族的なチーム」の価値を、韓国でも実践したのだ。
「どれだけうまい選手を集めても、個人だけでは優勝できません。ベテランと若手、コーチ陣、その中間がうまくつながって、初めてチームになる。その真ん中に森保さんがいたのは間違いないです」


