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甲子園の風BACK NUMBER
「蔦文也監督がいなくなって…」名門・池田高校が“甲子園から消えた”最大の理由「セブンティーンが特集」「観光バスが来て…」伝説的名将の孫が語る
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byAFLO
posted2026/08/21 11:01
池田高校を率い、3度の甲子園優勝を果たした蔦文也監督
田中 色々あって、徳島の入試のシステムが変わったりだとか。甲子園から離れると、有望中学生、プロを目指している人たちは県外問わず環境がいいところに行きたがる。そうすると池田はなかなか太刀打ちできないっていうのがある。そういう環境的な要因に加えて、もっと行くと結局、蔦文也さんがいなくなったっていうことに尽きるというか。
「じいちゃんはすごい人なのかな」
村井 哲一朗さんはご自身も池田高校出身で、おじいさまが近くにいらっしゃったと思いますが、当時の熱狂みたいなものの記憶はありますか? おじいさまに対するものも、池田高校に対するものも、たくさんあったかと思いますが。
哲一朗 やっぱり結構いろんなメディアの方がじいちゃんの家に来たりとか、そういう賑やかな感じは小さいながらに感じていました。僕が高校に通っていた頃は、すでに甲子園も遠のいていたので、そういう感じでもなかったですが。と言いつつ、やっぱり観光バスみたいなものは来て、池田高校前で止まって、(ファンの方が)写真を撮って帰っていく。そんな風景は見ていました。
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あとは、じいちゃんの石碑が池田高校にあるんですけど、除幕式をさせてもらったりとか。小さいから「じいちゃんはすごい人なのかな」っていう感じで過ごしてたんですけど、それ以外の人生を歩んだことがないんで……。そんなものなのかなっていうぐらいでしか、あんまり深く考えて育ってはいないですね。
村井 地方の県立で、山奥にある高校がこんなに野球が強いっていうのは、メディアが作るストーリーとしてはもうこれ以上ないぐらいの、いい題材だと思います。その中で「野球の神様」というイメージを、蔦文也監督は与えられてきたわけですけど、そのイメージの裏で、実際はどういう人だったのか。ぜひお2人にお聞きしたいと思います。田中さんは取材を経て、蔦文也監督とはどういう人物だったという風に、自分の中で消化していますか?《つづく》
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