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甲子園の風BACK NUMBER
「蔦文也監督がいなくなって…」名門・池田高校が“甲子園から消えた”最大の理由「セブンティーンが特集」「観光バスが来て…」伝説的名将の孫が語る
posted2026/08/21 11:01
池田高校を率い、3度の甲子園優勝を果たした蔦文也監督
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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AFLO
大反響、そして発売即重版を記念し、YouTubeメディア「文藝春秋PLUS」で行われた田中仰氏と蔦文也監督の孫で映画監督の蔦哲一朗氏による貴重な対談の一部を公開します!【全2回の前編/後編につづく】
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村井弦(文藝春秋PLUS、MC) 徳島県立池田高校といえば、1980年代にやまびこ打線で甲子園を席巻し、注目を浴びた高校です。地方の公立高校を率いた蔦文也監督ですが、「地元の英雄だったのか、それとも金の亡者だったのか」ということで、評価が分かれる人物でもいらっしゃいました。そんな蔦監督の生い立ちから甲子園での活躍、そして晩年までを、複数人の証言で追ったノンフィクション作品です。
池田高校と蔦文也監督の実像を追ったノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(田中仰)
まずは著者の田中さんにお聞きしたいと思います。今回の本は、「金の好きな欲望ジジイ」という、池田高校の元部員が書いた蔦監督への衝撃的な告発文から始まりますよね。高校野球好きからすると、蔦監督といえば“神様的な存在”ですけれども、あえてその伝説的な、神的な側面ではないところも含めて、この本を書こうと思った理由から教えてもらえますか?
『セブンティーン』が特集するほどの熱狂
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田中仰 最初は打算というか。僕が1992年生まれなので、池田高校の全盛期の時を全然生きていない。ただ、甲子園中継を見ているときに、「白球の記憶」で映像がよく流れていて。すごい高校があったんだなぁという印象だったんですね。それで昨夏、NumberWebで何か甲子園特集をやろうという時に、1992年から池田高校は夏の甲子園から離れてるので、消えた名門というか、その全盛期と、なぜ甲子園からいなくなったのかという点を掘り下げられれば読まれるんじゃないかなという下心ではあったんですけど。
で、実際それを記事にして。蔦さんの英雄的な話もそうですけど、やっぱり批判的に思ってる人もいるし、地元では。そういうところも書いて記事を出したら、ある意味読まれたんですね。すごく読まれたんですけど、馬鹿みたいに炎上して。コメントみたいなところで行くと、多分9割ぐらいは批判でした。「この記者は何がやりたいんだ」みたいな。当時を知らないくせに、みたいなコメントで溢れていて。
人気がすごかったんだなっていうのをそこで気づかされて。確かに調べると当時、女性誌の『セブンティーン』とかも池田高校を特集してて。
村井 そうなんですね。
