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「ブラジルでも勝てる」34歳で逝った松田直樹”規格外DF”のメンタル…JFA技術委員長が明かす“トルシエとの確執”秘話「もう途中で帰るは、ありえないぞ」
text by

二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byAsami Enomoto
posted2026/08/15 12:01
2011年8月4日に急逝した松田直樹さん。15年を経た今、10代の頃から見守ってきた現JFA技術委員長の山本昌邦氏が松田さんの思い出を語る
「直樹は日本サッカーが成長していくなかで、同世代のヒデとともに節目節目にとんでもなくいい仕事をしてくれました。U―17もU―20も世界でベスト8に進んでくれて、アトランタではブラジルに勝って、そして日韓ワールドカップで2勝を挙げて歴史を変えてくれた一人ですから。
日本サッカー界最高のモデルケース
代表でフォワードからディフェンダーに転向させて、カヌやロナウドら世界的な選手と勝負できる選手になった。飛び級で上の世代に食い込んで成長していったパスウェイは、日本サッカー界最高のモデルケースだと思いますよ」
最後に、育成年代から見守ってきた山本に松田直樹の何が秀でていたかを聞いておきたかった。
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それはもう――。山本は“分かるでしょ”と言わんばかりの表情を向けた。
「仕掛ける感じでボールを持てるんですよね。止めてさばくじゃなくて、運ぶ力があるから出ていこうとする。相手を食いつかせて味方とのコンビネーションもあるし、どんどん運んでいけるし、相手が締めてきたら逆にさばこうとする。攻撃のセンス、テクニックもあるから何でもやれてしまう。普通はそこで持ち上がっていかないのがセオリーだとしても、直樹は“俺、やれちゃうんで”と平気な顔をして前に行っちゃうし、本当に引っ掛からないで行っちゃいますからね。プレーヤーとしても規格外でした」
経験を踏ませながら規格外の選手を生み出していけば、日本サッカーは世界の強豪に近づいていくことができる。松田直樹が、そう教えてくれている。
<前編から続く>

