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「もう1回は起こせない」けど…“甲子園初出場”有明が起こした「土壇場の逆転劇」は偶然じゃない!? 気鋭の監督が語った「人とのつながり」の重要性
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田口元義Genki Taguchi
photograph byGenki Taguchi
posted2026/08/13 11:03
春夏通じて初の甲子園出場となった熊本・有明高校を率いる高見一茂監督。さまざまな「人の縁」が初戦の逆転劇を生んだと語る
「他の高校で勉強させてもらったこともそうですし、それまでは県立高校だったんで選手を獲りに行くわけにもいかなかったですし。そういうなかで、濱田先生から人とのつながりを教わったのは大きかったですね。人脈だけでなく、見識も広がりましたから」
高見の人とのつながりが発揮されることとなるのは、15年に監督となってからだ。
チーム強化に必要だった“組織化”
高校野球で多くがそうであるように、授業のための教材研究などの教師としての業務。指導や選手のケア、スカウティングといった監督業。両立にともなう心身への負荷はすさまじい。しかし、就任当初の高見は野球部の屋台骨をひとりで担っていた。
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「ずっとひとりでやっていくのがきつくて。ある程度は組織化というか、人に任せていくようにしないとだめだな、と」
最初に信頼を寄せたパートナーは、コーチ時代からともにチームの底上げに努めてきた中野賢哉だった。
バッテリーの指導をはじめ、ヘッドコーチのような統括者として現場を任せるようになった。高見は出身であるピッチャーを指導しつつ、中野との連携を深めていくようになる。19年のU-18ワールドカップに星稜の奥川恭伸や大船渡の佐々木朗希らとともに出場し、同年のドラフトでDeNAから7位指名を受けた浅田将汰など、優れた選手も育つようになってきた。
高見が構築する組織化が機能するようになったのは、21年に西連一郎が有明の教員として赴任し、野球部のコーチになったあたりからだという。彼らのほかに外部コーチにも指導を委託することで、バッティングや守備・走塁、メンタルにいたるまできめ細かいチーム作りが可能になった。
「僕が不在のときでもチーム運営が回るようになりました。コーチを分業制にさせるメリットとしては、選手たちが『あのコーチはこう言うけど、このコーチはああ言っている』みたいな混乱が生じなくなったことです。僕が気になることがあれば各コーチと話をして共有することで、チームの意思を一本化できるというか。僕がいなくてもどうにでもなる集団になってきました」

