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「高校で硬式野球はやめようと思っていた」阪神タイガース”無双の左腕”高橋遥人が明かす意外なルーツ「僕、結構やらかしキャラだったので…」

posted2026/08/21 17:02

 
「高校で硬式野球はやめようと思っていた」阪神タイガース”無双の左腕”高橋遥人が明かす意外なルーツ「僕、結構やらかしキャラだったので…」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

今シーズン12勝2敗、防御率1.93と圧倒的な成績を残している阪神の高橋遥人。常葉橘高校時代の意外なルーツを明かした

text by

佐井陽介

佐井陽介Yosuke Sai

PROFILE

photograph by

Nanae Suzuki

 どうにもタイミングが合わない――。打者の戸惑いが耳に入ると、恩師は一人ほくそ笑む。なぜ彼は打たれないのか、碩学の男は謎を解明していた。だから左腕の“逃亡”を許さなかった。
 発売中のNumber1149号に掲載の[無双左腕のルーツ解剖]高橋遥人「後出しじゃんけんの天才」より内容を一部抜粋してお届けします。

高橋遥人「高校で硬式野球はやめようと思っていた」

 ヒーローインタビューでのしどろもどろな受け答えからは想像もつかないが、普段は案外、早口だったりする。

「あっ、今YouTube見れたりしますか?」

 甲子園球場施設内の会議室。彼はおもむろに立ち上がると、こちらのスマートフォンを受け取って「高橋遥人 高校時代」と自分の名前で検索をかけた。常葉学園橘高校3年夏の投球動画を探し出すと「ほらっ、フォームぐちゃぐちゃでしょ?」と苦笑い。そのまま当時の本音をあっけらかんと語り始めた。

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「僕、いいときが長続きしなかったんです。3年夏は高校時代でワースト3に入るぐらい調子が悪くて、静岡県の4回戦で負けちゃいました。いいときが短くて悪いときは長い。箸にも棒にも引っかからない投球をしてしまうのに、ドラフト候補とか言われるのも恥ずかしくて……」

 高校野球最後の夏が終わると、高橋は履歴書を手に就職面接へ向かった。硬式野球を“卒業”して、地元の企業で軟式野球を続けようと考えたのだ。

「チームに迷惑をかけてばかりの自分にもう耐えられませんでした。自分には才能がないと感じていたし、高校で硬式の野球はやめようと思っていたんです」

恩師・下山はその球質に衝撃「ニュル~ッと来て…」

 ときの恩師が慌てたのは言うまでもない。

 下山秀樹が高橋と出会ったのは静岡市清水区の名勝、三保松原の近くにあるグラウンドだった。当時は常葉橘中・高の総監督という立場。スカウティングに駆け回っていたとき、ひょろりとした小学5年生が目に留まった。左利きなのに二塁を守る少年は器用で手足が長い。調べれば本職は投手で、何より彼のしなやかで柔らかい身のこなしに好奇心をくすぐられた。

 高橋が常葉橘中学に入学して間もない頃、下山は左腕のボールを実際に受けて、その球質に衝撃を受けた。

「ニュル~ッと来て、落ちない。きれいなジャイロボールになっていて、中1でこんな球を投げる子がいるのかと驚きました」

 ジャイロボールとは螺旋回転で伸び上がる特殊球の通称である。一般的に直球はボールの進行方向に対して回転軸が垂直になるが、ジャイロボールは回転軸が進行方向に向いていて、ドリルのような動きで進む。高橋の直球はまさにジャイロボールそのものだった。

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