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「とにかくスマートで…それはモテますよ」江川卓と交換された阪神・小林繁の人気とその実像とは「2年目以降、気力的なものは落ちていた」
posted2026/08/21 17:03
当時の野球選手としてはそのスマートさで異彩を放っていた小林繁が阪神に移籍すると、女性ファンが小林を追いかけるほどのフィーバーが起きた
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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Sankei Shimbun
1979年1月31日、宮崎キャンプへ向かう飛行機に乗る直前、読売ジャイアンツの小林繁はひとり引き留められ、阪神タイガースへのトレードを通告された。「空白の一日」に巨人と契約した江川卓の代わりにタテジマのユニフォームを着ることになった悲劇のヒーローは、そのシーズン22勝を挙げ最多勝と沢村賞を獲得する。女房役としてバッテリーを組んだ若菜嘉晴が、小林の人気と実像をこう回想する。
若菜嘉晴が証言する「細腕」エースの本質
キャンプ地・高知県安芸市に小林が合流した時、若菜はその圧倒的な存在感に驚かされた。
「駅からグラウンドまでずっとファンの人たちが並んでいるんですよ。小林さんをひと目見ようと」
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ブルペンで初めてボールを受けた時の衝撃も忘れられない。
「ピッチングフォームがものすごく変則で、二段モーション、いや三段モーションみたいで、ボールが微妙に動くからはじめは全然捕れなかった。今で言うツーシームですね。スピードガンの表示は140キロくらいだけど、感覚的には140キロ後半。空振りを取れるストレートでした」
投球以外の面でも小林は異彩を放っていた。
「当時のプロ野球選手の中では細身でスタイリッシュ、僕たちが見てもカッコよかったですね。グラウンドにいる時に笑うことなんかなくて、とにかくスマートでした」
試合後には江本孟紀と若菜の3人で銀座や六本木に繰り出した。
「ふたりとも歌がうまいじゃないですか。お店の女性をそばに座らせて、ギターを持って歌うわけです。それはモテますよ。本当に卑怯だなと思いました(笑)。3人で飲みにいっても、僕だけカウンターにいる」
しかし、移籍1年目に273回3分の2を投げた小林の充実は長くは続かなかった。
「気力的なものが1年目よりも落ちたのは間違いない」
古巣への思いを燃料に力を出し切ったエースに、その後何が起きたのか——本編ではさらに深く描かれている。
〈つづく〉
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
