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野球クロスロードBACK NUMBER
「聖光はレベルが高くて行けない」からのスタートも…「高校で球速15キロアップ」福島の絶対王者を封じた「ソフトボール出身」“背番号17”の正体
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byGenki Taguchi
posted2026/08/08 11:03
福島県大会を制し甲子園初出場を決めた東日大昌平。優勝候補の筆頭だった聖光学園を封じたのは、背番号17の剛腕だった
白球との出会いは…まさかのソフトボール!?
いわき市で育った少年の白球との出会いは、野球ではなくソフトボールだった。地元の泉スポーツ少年団でキャリアをスタートさせ、中学では地元硬式チームのいわきシニアに入団するも、右ひじを故障し半年で退団。泉中の軟式野球部でプレーした。
エリートではない、昔ながらの球歴をたどる少年は、福島で野球する者の多くがそうであるように最初は「聖光学院で野球をしたい」と、ささやかな願望があった。しかし、100人以上もの部員がしのぎを削る強豪で成り上がる姿が想像できなかったという。
「やっぱり、聖光さんはレベルが高くて行けないだろうってなって。そこから『他の高校に行って倒したい』という気持ちになって、地元の昌平に行くことになりました」
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高校に入学当時の照沼の最速は132キロだった。そこから、初めてベンチ入りした1年生の秋に136キロ、2年生の秋には140キロと、段階的に球速を上げられていった背景に、計画的なウエートトレーニングがあった。
体幹をはじめとするインナーマッスルや下半身を中心に、定期的に鍛える部位を変えていく。筋肉の成長はすぐに実感を得られないが、照沼は焦らずに自分と向き合った。
「ウエートって成果が出るのが2カ月くらいなんで、そこを目指して一つずつ目的意識を持って鍛えていきましたね」
ストレートの速さや体の大きさといった、目に見える形での成長は感じられていく。だが、ピッチングの成熟は程遠かった。

