Sports Graphic NumberBACK NUMBER

「バイエルン移籍の逸材輩出も“グラウンドがなかった”…」サガン鳥栖最強アカデミーを変えた『企業版ふるさと納税』

posted2026/08/06 11:30

 
「バイエルン移籍の逸材輩出も“グラウンドがなかった”…」サガン鳥栖最強アカデミーを変えた『企業版ふるさと納税』<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

夜間照明を完備したネストヴィレッジの人工芝グラウンド

text by

福田剛

福田剛Tsuyoshi Fukuda

PROFILE

photograph by

Takuya Sugiyama

佐賀県が進めるスポーツを軸としたSSP構想のもと、Jリーグ・サガン鳥栖アカデミーの新拠点「ネストヴィレッジ」が始動した。スポーツを地域振興に繋げる新たな取り組みに今、注目が集まっている。

 佐賀県、鳥栖市。ギラギラと照りつける夏の陽射しがようやく和らぎ始めた夕刻。自転車に乗った子どもたちが、続々と美しい人工芝が広がるグラウンドに集まり始める。ここが、今年3月にグラウンド部分が完成したJリーグ・サガン鳥栖アカデミーU-15の拠点「ネストヴィレッジ」だ。

 育成部門であるサガン鳥栖アカデミーは、各カテゴリーで全国優勝を達成し、2023年に18歳でドイツの名門バイエルン・ミュンヘンへ移籍した福井太智(現在はポルトガル・FCアロウカ)をはじめ、毎年多くの選手がトップチームに昇格し、活躍するなど、国内屈指の育成力を誇っている。サガン鳥栖アカデミーの評判を聞きつけ、日本全国から門を叩く中学生も多い。

 ところが、これだけの実績を残しながらも、「ネストヴィレッジができるまでは、設備面で他のクラブに大きな差を開けられていた」と、サガン鳥栖アカデミーを統括するダイレクターの田中智宗は語る。

「アカデミーにはU-18(高校生)、U-15(中学生)、U-12(小学生)の3つのカテゴリーがあり、U-15は、鳥栖市を拠点に佐賀県東部で活動するU-15と唐津市を中心に佐賀県西部で活動するU-15唐津の2チームに分かれています。U-18とU-15唐津は人工芝のグラウンドで練習できる環境が整っているのですが、鳥栖市を拠点とするU-15とU-12はメイングラウンドがなく、市内のグラウンドを借りて練習をするしかありませんでした」

 今やアンダーカテゴリーの試合であってもピッチは、人工芝や天然芝が当たり前。強豪クラブは普段から人工芝のグラウンドで練習をしている。ところが鳥栖U-15がメインで使用していたのは、調整池にある土のグラウンド。大雨が降ると調整池の機能が働き、水が溜まってしまうだけではなく、地面に凹凸があることで怪我のリスクが課題となっていた。

「雨が降ると、グラウンドでは練習ができません。そういうときはホームの駅前不動産スタジアムのアップスペースが人工芝になっているので、子どもたちには『今日は人工芝で練習できるぞ』って言い含めながら、狭いスペースで無理やり練習をすることもありました。大会が近くなると人工芝に慣れておかないといけないので、スタッフが佐賀市にあるユースのグラウンドまでバスで連れていって練習をしたりと、練習場所の確保には苦労していました」

 ネストヴィレッジができたことで、念願のホームグラウンドが実現した。

「天候に左右されることなく、試合で使うような人工芝で15歳、12歳の子たちが毎日練習できるのが何よりも嬉しいです。他クラブでは普通のことかもしれませんが、うちとしては育成部門ができてから約30年かかって、ようやく練習環境が整備できたので、本当に感謝しかありません」

 自分たちのグラウンドを待ちわびていたのは選手たちも同じだ。U-15キャプテンの早坂良蒼は「人工芝のグラウンドになったことで、試合本番を想定した高いレベルでトレーニングができるようになりました。もう、環境を言い訳にはできないので、しっかり練習して3冠(日本クラブユース、高円宮杯、九州リーグ)を目指します」と、笑顔で語った。副キャプテンの向井健太も、「自分たちのグラウンドができたことでチームの練習がない日も、自主練ができるようになりました。より良い環境で練習することが自分の成長にもつながると思っています」と感想を教えてくれた。

 年内には併設する管理棟が着工する。管理棟にはトレーニングフロアやシャワールーム、ロッカールームなどが整備され、完成すれば国内屈指の育成施設が誕生することになる。

地域の未来を支えるため企業版ふるさと納税を活用。

 総事業費約9億円にも上るネストヴィレッジが実現したのは、佐賀県が推し進める「SAGAスポーツピラミッド構想(以下SSP構想)」によるものだ。

 サッカーのサガン鳥栖、バスケットボールの佐賀バルーナーズ、バレーボールのSAGA久光スプリングス、ハンドボールのトヨタ紡織九州レッドトルネードSAGAなど、県内に多数のトップチームを有する佐賀県では、2018年からスポーツのチカラを活かした「人づくり・地域づくり」を目指す、SSP構想をスタート。世界に挑戦するトップアスリートの育成を通じて、「する・観る・支える・育てる・稼ぐ」の5つのアプローチによりスポーツ文化の裾野拡大を目指している。

 すでに、県外から集まった高校生アスリート向けの寮の整備やアスリートの健康支援のためのスポーツ医科学に基づくサポートの充実、さらには地元産業とスポーツを組み合わせたスポーツビジネスの創出、現役アスリートへのセカンドキャリア支援などの取り組みを行い、県を挙げてアスリートを応援する体制を整えている。

 スポーツを地域づくりの核とすることで、すでにさまざまな効果が表れていると、佐賀県SSP推進局の田久保真美は言う。

「プロスポーツを観る環境が整ったことで、県民の皆さんがスポーツに触れる機会が格段に増えました。また、稼ぐということでも、チームの応援に県外から足を運んでくださる方が増えたことで地域経済にも貢献できています。スポーツがあることで地域が元気になる。SSP構想を通してそういう社会を実現していきたいと考えています」

 順調に広がりを見せるSSP構想のなかでネストヴィレッジはまさに「象徴的存在になる」と、田久保は言う。

 その一つが、財源だ。佐賀県では、SSP構想に共感し、支援をしてもらうために「あなたと創る新しいスポーツシーンプロジェクト」として、企業版ふるさと納税を募った。佐賀市に地方拠点を置き、ゲームの企画・開発・運営事業を展開する株式会社Cygamesは、スポーツ振興を通じて、佐賀県の未来を支援したいという想いから、企業版ふるさと納税を行い、ネストヴィレッジの総事業費の一部に充てた。

「SSP構想にはスポーツにさまざまな形で関わる方を増やしたいという想いがあります」と、田久保は言う。

「スポーツを支えるという意味でも、企業版ふるさと納税を通して私たちの活動に多大なる支援をいただいたことにとても感謝しています」。さらにこう続ける。

「ネストヴィレッジは多くの人の支えがあって、世界に羽ばたくアスリートを育成する新たな拠点が完成したというだけではなく、地域の方々にも応援してもらえる、支えてもらえる環境が整ったと考えています。ここで育った選手が世界で活躍してくれれば、後輩や地域の子どもたちにもいい影響を与えてくれるでしょうし、引退後はネストヴィレッジに戻って、次の世代を指導する。そんな好循環が生まれることを期待しています」

 ネストヴィレッジという名前は、サガン鳥栖のシンボルであるカチガラスにちなみ、鳥の巣=Nestをイメージして付けられた。若い才能を育てる巣として、ここから多くの選手が日本、そして世界へ羽ばたいていくことだろう。

ページトップ